11 悪役令嬢は、予習する

 いよいよ本番、学園入学の時が近付いてきました。

 ヴィヨン様との関係は小康状態を保っています。

 相変わらず月1回のお茶会ではわたくしがお茶を淹れていますし、愛称呼びも変わりません。

 どうも、近頃はヴィヨン様は私をからかって遊ぶことを覚えられたようで、私が照れて挙動不審になるのを楽しんでおられるようです。

 たまに一緒に街に下りると、私の手をつかんだまま駆け出してみたり、子供のようなことをなさったりします。

 あれで本当にはしゃいでいらっしゃるのなら、私でも幸せにできるのではないかという希望も湧きますが、はしゃいでいるフリなのが見ていてわかるものですから、がっくりきます。

 ただ、私が困っているのを見て楽しんでいらっしゃるのは間違いないようで、ブーケが現れるまでの繋ぎとしては十分役に立っているようです。




 本音を言えば、ヴィヨン様と結ばれるのは私でありたい。

 せめて、正妃として、形だけでもヴィヨン様の隣に立つ存在でありたい。

 「アミィ」と呼ばれるたび、「ヴィヨン様」とお呼びするたび、心が浮き立つのを止められません。

 形だけのこととはいえ、2人で庶民の格好で街に下り、デートのようなことをしていると、このまま2人で幸せになる道があるのではないかと、そんな錯覚さえ感じてしまいます。

 ヴィヨン様からは、最初の頃にあった険はなくなりました。私をからかっていらっしゃる時は、本当に楽しそうです。

 でも、それだけのこと。

 私は、ヴィヨン様にとっては、からかって遊ぶ程度の対象。国をまとめるための政略結婚の相手としては認められていても、ハッピーエンドでの“それを曲げてもブーケと結ばれたい”というような強い執着はありません。

 今、私で遊んでいるのだって、まだブーケと出会っておらず、本当の恋をご存じないから。

 ブーケと出会ってしまえば、私のことなど目に入らなくなるのです。それは、決まっていること。ここは、そういう物語の世界なのですから。


 私がすべきことは、ヴィヨン様がブーケとのハッピーエンドを迎えられるよう、悪役令嬢を演じること。

 ヴィヨン様が幸せになるには、それしかないのですから。



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 聖芳学園──主に貴族が人脈と知識を得るために創設された──ということになっている学校です。

 14歳で入学し、17歳で卒業する

3年制の学校で、日本で言うと高校に近い感覚です。

 身も蓋もないことを言ってしまえば、ゲームにおいて学校生活を演出するための舞台装置であり、その存在自体に矛盾や突っ込みどころも多いのですが。

 なぜ貴族の子女を1箇所に集めて学ばせたり、試験の結果を廊下に貼り出したりするのかと言えば、それがゲームに必要だから。




 元々、日本で生まれ育った者がプレイする前提のゲームですから、大抵の日本人が疑問を抱かない制度や設備が色々とあります。トイレなんて、どういう仕組みかわかりませんが、水洗ですし。

 貴族制度や王制を持ち込みながら、同時に妙に民主主義が見え隠れする歪な世界観も、“ゲームだから”の一言でクリアされるのですもの、深く考えるだけ無駄ですわね。




 これからゲームの本番に入るに当たって、大まかな流れを復習しておきましょう。

 まず、ブーケは、最近見つかったガルーニ男爵家の庶子として登場します。

 母親と2人暮らしだったのが、母を亡くし、同時にガルーニ男爵家に引き取られます。これが入学の3か月前。

 亡くなったブーケの母は、ガルーニ男爵のお手つきになった侍女で、1人でブーケを産み育てました。それが、母を亡くしたことで、ガルーニ男爵が引き取って庶子として認知し、学園に通わせることになった──ヴィヨン様や学校関係者を含め、そのように認識されています。

 実際には、ブーケは、プロヴァンス・フォン・ポワゾン公爵の娘であり、ガルーニ男爵はポワゾン公爵の命を受けてブーケを庶子として引き取ったのですが。

 生まれたばかりのブーケは、何者かによって命を狙われ、本当の母ルージュはそこで命を落とします。ブーケ自身は、ルージュの忠実な侍女クミンの手によって難を逃れますが、敵が誰かわからなかったため、そしてルージュがブーケの安全を望んだため、侍女は市井に隠れ住み、ブーケを自らの子として育てるのです。

 侍女は、やがて病に冒され、やむを得ずポワゾン公爵と連絡を取ります。

 もはや自分が守れない以上、公爵自身は敵でないことに賭けたのでした。

 そして、行方不明になった娘を暗殺されたと発表し、ずっとその行方を追っていた公爵も、侍女が持っていた証拠から、ブーケが娘であると知るのですが、やはり襲撃者の正体がつかめていないことから、当面は、信頼する部下であるガルーニ男爵の庶子として様子を見ることにしたのでした。

 ブーケの母──というか侍女クミン──が最期にブーケに語る言葉がいいのですよね。私は、前世で、見るたびに泣いていました。彼女はブーケに真実は教えず、ただガルーニ男爵のところに行くよう、手紙を渡します。

 そして、ポワゾン公爵は、実はブーケに真実を伝えるための手紙も預かっていて、後でブーケはそれを読んで涙することになるのです。ああ、なんて感動的!

 結局、ブーケにとっては、クミンこそが母親であり、彼女の「私は信念に従って生き、あなたを育てました」という言葉から、ガルーニ男爵への愛に生きたのだろうと解釈し、自分もそれほど一途に愛せる人と巡り会える日を夢見て学園に入ってくるのです。

 そして、入学式の日にバラ園でヴィヨン様と出会います。

 ブーケは優秀で、初の定期考査で1位を取り、2位のヴィヨン様が興味を持ったことで恋が始まります。




 10歳の時、街でひったくりとそれを追う少年にぶつかられて、ブーケの買い物袋の中の卵は割れてしまいました。最後の1個だったそれは、ちょうど体調を崩していた母に食べさせるために買ったもの。それが割れてしまい、ひったくりを捕らえた少年に文句を言いはしたものの、ブーケも少年は悪くないとわかってはいて、後悔していました。

 ヴィヨン様とブーケが2人で街に出た際、苦い思い出としてヴィヨン様がその話をしたことで、2人の恋が加速していくことになります。


 きっとブーケはいい子です。ヴィヨン様を幸せにしてくれることでしょう。

 私も、クミンのように、ブーケを導かなければ。

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