10R 愛称で呼び合いたい(ヴィヨン視点)

 アミィは、不思議な人だ。

 公爵令嬢として、文句の付けようがないほどに完璧に振る舞っているけれど、内に確固とした自分を持っているみたいだ。

 普段は、令嬢としての仮面の下に巧妙に隠しているけれど、いざという時には、仮面をかなぐり捨てて動くことに躊躇いがない。

 いつかの暴れ馬の時、彼女は激痛に涙を噴きこぼしながらも僕を庇い続けた。あれは、本気で自分の身を盾にして僕を守ろうとする姿だった。

 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を晒すなど、令嬢として決してやりたくないことだろう。

 だけどアミィは、それより僕を守ることを優先した。彼女は、損得勘定抜きで僕を大切にしてくれている。彼女は、何かに迷うと、左肩の傷痕に触れ、「幸せにするために」とつぶやくことがある。色々考えて迷って、令嬢の仮面が外れかけた時にだけ出てくる独り言だ。

 多分、彼女は、どうすべきか迷った時、ドヴォーグの令嬢という立場からではなく、アミィ自身の価値観に照らして道を選んでいる。

 その際基準になるのが、僕の幸せなんだろう。

 の時、アミィは「どうか、お幸せに…」と言っていた。アミィは僕の幸せを願ってくれているんだ。

 街に出た時は、庶民の服装をすることを厭わず、街に溶け込むために必要なことは全部やった。

 彼女が頑なに続ける殿下呼びも、身分を隠すには必要だと、愛称呼びした。

 あの時の女の子についても、僕がひったくりを追っている時に巻き込まれたと気付いたから対処してくれたんだ。

 僕がぶつかったにせよ、ひったくりがぶつかったにせよ、僕がひったくりを追ったことで発生した以上、それによる被害は僕のせいとも言える。

 彼女は、たまたま女の子と同じものを買っていたことに気付いて、さりげなく袋を入れ替えた。

 それにしても、やっぱりアミィ、ヴィーと呼び合うのはいいな。そう思って、彼女に話を持ちかけてみた。

 やはり彼女は拒んだけれど、2人きりの時だけでいいからと念を押すと、渋々ながら名前なら、とうなずいてくれた。

 これで、もう少し彼女の本音に触れられるだろう。それは、とても楽しみなことだ。

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