9R 2人きりの外出(ヴィヨン視点)

 馬場での一件以来、アメリケーヌを見る目が変わったという自覚はある。

 アメリケーヌは、王子としてではなく、僕自身のことを見てくれている。

 彼女が僕を「殿下」と呼ぶのは、公爵令嬢としてそうすべき、という彼女なりの節度であるらしい。

 それは、王妃となるべき者としては好ましい節度の守り方だ。公私の別をきっちりつけるというのは、王族に嫁する上で大きな美点と言える。

 ただ、僕個人としては、もう少し本音を見せてほしいという思いもある。

 僕達の結婚は政略によるものだ。もちろん、王位に最も近い王子として、それは当然のことと言える。それでも、きちんと相手と向かい合い、心を通わせられたら嬉しいと思わずにいられない。公的には正妃を立て、安らぎを側妃に求めるというやり方もわかるし、否定もできないけれど、王妃ただ1人を公的にも私的にも大切にできたなら、それが一番なのではないかとも思う。




 そんな時、社会見学という話が出てきた。

 僕とアメリケーヌの2人で街に出て、庶民の生活の場を肌で感じてくるというものだ。

 もちろんそれは大切なことだ。そして、これを利用すれば、アメリケーヌの素をもう少し見ることができるかもしれない。




 「君のことは“アミィ”と呼ぶから、僕のことは“ヴィー”と」


 身分を隠すため、商人の子に扮して街を歩くことになったのを利用して、愛称で呼び合うことを提言すると、予想どおり彼女は拒まなかった。

 生真面目だから、筋の通った申し出はちゃんと検討してくれる。今回の場合、いつもの呼び方では身分を隠せないのはわかりきっているから、やむを得ないと思ってくれたのだろう。

 街外れまで馬車で行き、手を繋いで歩く。

 令嬢としての仮面を外したアミィは、表情豊かな少女だった。

 物珍しい街の喧騒を眺めながら2人で歩く。

 アミィは本当に真面目で、野菜や卵の値段を確かめながら買ってみたりしている。自分で買い物するのは初めてのはずなのに、きちんと店の者と会話もできている。

 お金の価値なんて、実際のところは僕だって知らない。単に数字としてしか認識できないのに、アミィは卵1個がキャベツ1玉より高い、と驚いていた。むしろ、そうやって比較してみようと思ったことがすごいと思うんだけれど。

 そうやって買い物しながら、僕は目当ての店に彼女を誘導した。

 事前に調べさせておいた、庶民相手のちょっと高級な装飾品を売っている店だ。

 アミィは、僕からの贈り物は、どれも喜んで受け取ってくれる。

 けれど、僕は、僕が自身で選んだ品物を、その場で身に着けてほしいんだ。

 所詮は庶民向けの品だから、普段身に着けることなどできないだろうけれど、今日は僕が選んだ品を身に着けていてほしい。

 買ったリボンを、アミィはことのほか喜んでくれた。

 そして、明日以降は身に着けられないとわかっているからだろう、「大事に取っておきます」とも言ってくれた。社交辞令とは思うけれど、本当に取っておいてくれたら嬉しい。




 その後もしばらく街を見て歩き、もうじき社会見学も終わりという頃、ひったくりがアミィを突き飛ばして逃げていくのが見えた。よりにもよって、左肩にぶつかっていったんだ。許せなかった。もう痛みはないだろうけれど、アミィは傷跡を気にしているのに!

 気が付けば、荷物をアミィに任せてひったくりを追いかけていた。途中、ひったくりが盾にして突き飛ばしてきた女の子にぶつかったりもしたけれど、逃がすことなく追いつき、ようやく組み伏せて捕まえた。

 後は、警邏が駆けつけてくれるのを待つだけ、というところで、半べそをかいた女の子がやってきた。さっき突き飛ばされた子だ。追うのに夢中でそのままにしてきたけれど、怪我はなさそうだ。


 「大丈夫だったか?」


 べそをかいているのに大丈夫かもないものだけれど、ほかに言い様はなかった。

 その子は、手に持った袋を掲げて、


 「大丈夫に見えるの!?」


と言った。が、すぐに


 「え!? 割れてない!? まさか、これ、さっきの!?」


と言って走り去った。何を言いたかったんだろう。

 間もなくやってきた警邏にひったくりを引き渡していると、アミィが追いついてきて、


 「ヴィー、お疲れ様」


と声を掛けてくれた。彼女を放ってひったくりを追ってしまったことを詫びると、


 「とても素晴らしいことだわ」


と褒めてくれた。作り物でない、心からの笑顔だった。

 別段、正義感からやったわけではなかったので面映ゆいけれど、アミィのその笑顔が見られただけでも、実り多い1日だったと言える。

 馬車に向かうために荷物を持った時に、袋が別のものになっていることに気が付いた。そういえば、僕がぶつかった女の子は、「割れてない」と驚いていた。あの子もアミィの袋と似たようなのを持っていたけど、もしかして…。


 馬車の中で袋を見てみると、濡れている。

 中身を覗くと、同じように大根とキャベツが入っていて、卵が入っているらしい紙包みから何か漏れていた。

 あの子の袋と取り替えたのか? いつの間に?



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 城に戻った後、護衛に、僕がひったくりを追っていった後のアミィの行動を確認すると、アミィは走って僕を追い、途中で転んでいるあの女の子を見付けて助け起こしたそうだ。その時、さりげなく自分の袋の方をあの子に渡したらしい。

 その後、僕の近くにあの子がいるのを見て身を隠し、あの子が走り去った後で僕のところに来たそうだ。

 多分、あの女の子が言っていた「割れてない」というのは、卵のことだ。

 庶民にはそれなりに高価らしい卵が割れていることを知ったアミィは、さりげなく袋ごと割れていない卵を渡したんだ。

 女の子が転んでいた状況から、ひったくりか僕のどちらかがぶつかったと判断して、巻き込まれた女の子を助けた、というわけか。

 本当に、当たり前のように自分を犠牲にして人助けをするんだなあ。

 今回は、いくらでもない卵1つだからいいけれど、そのうち大怪我されそうで怖い。

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