8 悪役令嬢は、通常運転でいく
怪我をして半月ほどお城で養生した後、ようやく屋敷に戻ることができました。
予想どおり、左肩には跡が残ることになりそうです。
ほかの傷は、ほとんど打ち身のような感じですしすぐ治ったのですが、肩だけはまだ傷が塞がってさえいません。
とはいえ、後はもう膏薬を貼り替えるくらいですので、いつまでもお城にいてはと思ってお
なるべく左腕は動かさないようにしていますが、少しでも動かすと引きつれるような痛みが走ります。
我ながら、無茶をしたものです。
とはいえ。
とすると、私のしたことは余計なことだったりしませんか?
ああ、でも、ゲームでもアメリケーヌの左肩には、幼い頃ヴィヨン様を庇ってついた傷跡があるって設定でしたから、今回のこれは、回想用のイベントってことでいいんですよね。
危なかった…。
もし、咄嗟に体が動いていなかったら、重要なイベントを消化し損ねるところだったんじゃありませんか。
なるほど、イベントは、学園に入ってからクリアすればいいというものではないのですね。
学園入学以前のイベントもフォローしていかなければならないとは、さすが赤ちゃんからやり直すことになっただけのことはあります。
イベントの取りこぼしがないよう、時々ノートを読み返した方がよさそうです。
ようやくベッドから出られた私は、ずっと寝たきりだと足が弱ってしまうので、コリーについてもらって屋敷の中を歩くようにしています。
傷跡をなるべく小さくするために、左腕は極力動かさないよう固定することになっているので、部屋着はそれ用に袖に飾りの少ない、体にピッタリとつくものの上から、左腕を中に入れて固定できるくらいゆったりしたものを着ています。
公爵令嬢の衣装としてはどうかと思うような出で立ちですが、後々を考えると、傷跡は小さい方がいいので、今のうちにできることはしておいた方がいいのです。
左肩の傷は、鎖骨の裏側辺りの高さで、肩関節のすぐ近くに、5~6cmくらいの長さで横長に残っています。肩揉みする時の肩ギリギリの辺りというか…。
襟ぐりの開いたドレスを着ると、確実に見えます。まあ、それほど肉が盛り上がっているわけでもないので、普通に服を着ている分には、目立ちません。
ドレスにしたって、肩口を見せるデザインでなければ問題ありませんし。
だから、そんなに気に病まれなくていいんですよ、ヴィヨン様。
今回の私の怪我は、お城の馬が暴れたことが原因であり、更に、私がヴィヨン様を庇ったために負ったものです。確かに王家側の不手際と言えるかもしれません。
でも、悪いのは馬ですし、突然暴れ出した馬をたちどころに取り押さえるというのは難しいでしょう。
私の怪我も、私が勝手にやったことですし、ヴィヨン様がお気になさる必要はないのです。
その…勘違いしてしまいそうなので。
ヴィヨン様は、私がお城での療養中は毎日のように、屋敷に戻ってからも週に一度はいらしてくださっています。
これまでは貼り付けたような笑顔で冷たい反応でしたのに、今では心からご心配くださっているのがわかります。
ずっと私のことを「君」と呼んでらしたのが、「アメリケーヌ嬢」と名前でお呼びくださるようになりました。
まるで、助けられたことで絆されたとでも言わんばかりです。
思わず“これなら、私でも幸せにして差し上げられるのでは?”なんて期待してしまいそうです。
こんなのは、所詮、一時の気の迷いだというのに。
私の怪我に責任をお感じになって、それで優しくしてくださっているに過ぎないのですよね。
実際、ゲームでも
考えてみれば、たった一度助けただけで、小さな傷跡1つで、一生をなんて縛れるわけがありません。
ですから、ヴィヨン様が優しくしてくださるのは、今だけのご褒美です。今は優しさキャンペーン中なのです。キャンペーン期間が終われば、また元どおり。
でも、せっかくですから、しばらくは優しくしてくださるヴィヨン様を堪能いたしましょう。
「お嬢様、殿下がお見舞いにおいでの時間です」
服だけだと体の線が出るので、ショールを掛けてお出迎えします。
玄関ホールまで行くと、ちょうど殿下ご到着の先触れが来ました。本当に時間に正確なお方です。
「やあ、アメリケーヌ嬢。お出迎えありがとう。
いつも言っているとおり、君は怪我人なのだから、休んでいてもらって構わないんだよ」
すっかり恒例になったヴィヨン様の労いのお言葉。
「ありがとうございますが、寝てばかりでは体が弱りますので、屋敷の中くらいは歩き回りませんと」
「それでは、今日は庭を散歩などどうだろう。日の光を浴びるのも短時間なら体にいいらしい」
「はい、それでは。
ちょうどバラが見頃だそうですので、温室までいかがでしょうか」
「公爵家のバラ園は見事と聞くからね、ぜひお願いしよう」
まあまあ、まるで仲睦まじい婚約者同士の会話じゃありませんこと?
「さ、万が一があると悪いから、手を」
ヴィヨン様は、土の上を歩くに当たって、私が転ぶことのないよう、エスコートしてくださいます。
差し出された左手に右手を載せ、手を引かれるように歩きます。
ああ、このような幸せが許されるのでしょうか。まるでヒロインのようです。
もう少しだけ。
学園入学までだけでも、こうして睦まじい婚約者でいられたら、と切に思います。
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