7R 僕の婚約者(ヴィヨン視点)

 ヴィヨン・フォン・ド・ヴォライユ。

 ヴォライユ王国の第2王子、それが僕だ。

 1歳上の兄がいるけれど、兄は母が側妃、僕の母上は正妃だから、次の王は僕がなるだろうと言われている。

 立太子はまだまだ先だから、実際にそうなるかはわからない。でも、母上の立場の違いで僕が王太子になるというのは納得がいかない。

 僕が王太子になるなら、それは僕の方が王に相応しいと思われてのことでなければならない。血筋ではなく、実力で、僕は王太子になる。

 そうしてこそ、僕は胸を張って立っていられる。僕は同じ歳の時に兄ができたことは必ずできるよう努力した。




 我が国には、強い影響力を持つ貴族がそれなりにいる。彼らは一様に血統を重んじ、高貴な血を持たない者を人間扱いしない者さえいる。

 僕は、そうは思わない。

 貴族に優れた者が多いのは、血統のせいではなく、恵まれた環境のお陰だ。

 幼い頃から学問に触れれば、触れなかった者より優秀になって当然だろう。

 同じように学んだら、職人の子が貴族より優秀になることだってあるんじゃないのか。

 そうは思っても、証明することは難しい。試すことなんかできないのだから。

 有力な貴族が反対することを実行するのは、王であっても難しいらしい。

 だから、王家は、政治的なバランスを考慮して妃を迎える。

 僕の婚約者候補としてドヴォーグ公爵家の令嬢が選ばれたことには、そういう背景があった。僕と同い年なのに、信じられないくらい優秀な子で、そんな子をよその貴族に持っていかれると困るという思惑もあったみたいだ。

 引き合わされた令嬢:アメリケーヌは、同い年とは思えないほど落ち着いた、美しい娘だった。

 優秀と評判なだけのことはあって、礼儀作法も立ち居振る舞いも完璧だった。

 彼女が僕の妃になるということは、それでなくても影響力の大きいドヴォーグ公爵家の力が増すことだから、当然、公爵からは僕の機嫌を損ねないよう言い含められているはずだ。

 そう思って話をしてみると、やはり正妃腹である僕が王太子になると信じているようだ。

 血統を鼻にかけた様子はないけれど、それは僕が王子だからかもしれない。

 僕は、敢えて侍女を下げて、アメリケーヌにお茶を淹れるよう言った。大人になれば、主催したお茶会でお茶を淹れることもあるけれど、客の立場でそれを命じられるのは侮辱とも取れる行為だ。

 どうするかと思って見ていたら、彼女は平然とお茶を淹れてみせた。しかも、所作も味も、文句の付けようがないレベルで。

 わざと音を立てて飲んで見せても、彼女は気付かないふりをした。

 どのみち、よほどのヘマをやらかさない限り、彼女を婚約者に迎えるのは決まっていたことだ。どうせ誰を婚約者にしても同じだからと思い、僕は婚約を受け入れることにした。


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 その後、定期的に会う機会を設けられ、僕は言われるまま彼女に会った。

 ただし、彼女を身近に感じたことはなかったけれど。

 彼女は、令嬢として完璧すぎる。

 人間味がない、と言った方がいいだろうか。

 親に言われるまま動く人形という印象が拭えなかった。

 彼女は、僕のことを殿下と呼ぶ。僕が彼女をアメリケーヌ嬢と呼んでも、僕を名前で呼ぼうとしない。だから、僕も彼女を名前で呼ぶのをやめ、極力「君」とだけ呼ぶことにした。

 仕方ないことではあるけれど、彼女にとって僕は王子という肩書きの存在でしかないんだろう。


 ずっと、そう思っていた。



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 今日は、城の馬場で、一緒に馬に乗ることになっていた。僕がライリーを乗りこなせるようになってきたから、たまには趣向を変えてみようというわけだ。

 彼女は、最初こそライリーの高さに怯えていたけれど、すぐに慣れた。

 いつもどおり控えめに、けれど確かに楽しそうにしている。

 馬の高さに怯えるのも、慣れてきて楽しそうにしているのも、初めて見る姿で、彼女の素顔を見られたような気がして嬉しかった。

 そして、彼女をライリーから降ろした時、それは起こった。

 僕が降りようと、右足を外してライリーの上を通した時、先導を務めていた馬がライリーを襲いだしたのだ。

 ライリーはよろけ、僕は落馬して背中を地面に打ち付けてしまった。

 暴れている馬は、なおもライリーにぶつかってきている。このままでは巻き込まれるけれど、背中を打ったせいで息が詰まり、素早く動くことができない。

 まずいと思った時、彼女が僕を押し倒すように覆い被さってきて、馬に踏まれた。

 彼女の体を通して、それでも小さくない衝撃が二度三度と襲ってくる。直接受けている彼女は、どれほどの痛みを受けているのか。


 「なにしてるんだ、逃げろ!

  君まで怪我をしたらどうする!」


 「構いません! ヴィヨン様さえご無事なら!」


 彼女は、僕が逃げるよう言っても聞かず、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして、苦悶の声を上げ続け、それでも僕を庇って耐え続けた。


 ようやく馬が引き離された時、乗馬服を血と足跡だらけにした彼女は、


 「どうか、お幸せに…でないと、死んでも死にきれません…」


と言って、気を失った。あの時は、本当に死んだんじゃないかと思って焦った。

 彼女…アメリケーヌは、御殿医の見立てでは、幸い、後遺症は残らないらしい。ただ、左肩の傷跡だけは残るだろうとのことだった。

 ただし、これはかなり幸運だったらしい。あの状況で無防備に馬に踏まれたなら、普通は死ぬか、よくても二度と歩けないほどの重傷を負っているところだそうだ。

 つまり、アメリケーヌは、文字どおり死を覚悟して僕を助けに来てくれたということだ。

 馬に踏まれるなんて、恐怖以外の何物でもない。それなのに、アメリケーヌは、全くためらわずに僕を庇って飛び込んできた。

 僕を助けたところで、自分が死んだら元も子もない。代わりに僕の婚約者にできるような妹もいないから、家のためにもならない。なにより、あの時アメリケーヌは、僕さえ無事ならそれでいいと言っていた。

 それに、「殿下」ではなく「ヴィヨン様」と、名前を呼んでいた。咄嗟の時に出たということは、普段は立場を考えて「殿下」と呼んでいるんじゃないだろうか。

 アメリケーヌは、本当に僕のことを見てくれているような気がする。

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