彼女は天使

桐原まどか

彼女は天使



俺の彼女は天使だ。

比喩ではない。

本当だ。


それはクリスマスも間近の、とある夕刻の事だった。

母から「あんた、暇でしょ。ちょっとコンビニ行って、牛乳買ってきて!」

と言われた俺は、渋々重い腰を上げた。はっきり言って、面倒くさかったが、母に怒られるよりはマシだからだ。

向かったコンビニの店先で、奇妙なものを見た。

貫頭衣、というのだろうか?

ストンとした真っ白な、何の飾り気もない服に身を包んだ女性が、裸足で座り込んでいたのだ。

近付いてみると、童顔というか、なかなか愛らしい顔立ちだが、この寒さで、上着も着ずに、裸足とはこれ如何に。みな、関わり合いになりたくないのか? スルーして店内に入っていっている。俺もひとまずスルーする事にした。


買い物を終え、出てきても、彼女はまだいた。

店員に知らせるかな?と思ったが、その前に…とそっと近寄り、「あの」と声をかけた。

彼女はビクッとなり、こちらを見て、目を真ん丸にした。

そうして、妙な事を口走った。

「あなた…わたしが視えるの?」

ヤバい、と思った。アタマがイカレてるのか? しかし…。どれくらいそうしていたかは謎だが、誰も―コンビニの店員すら―店先にいる彼女を気にとめてる節はない。

「ばっちり視えてますけど…問題が?」

俺の言葉に、彼女はガバッと立ち上がり、「こっちに来て!」と俺の腕を引っ張った。

俺はあれよあれよ、と近くの公園…だいぶ薄暗くなってきている、に連れてこられた。

「なんなんですか?いったい」

俺の問いに彼女は、「驚かないでくださいね」と言って―俺は仰天した。彼女の背中に真っ白な翼が現れたのだ…さながら、宗教画の天使のように。

「わたしの姿は、いま、あなたにしか視えていません」と彼女は言った。

「助けて頂けませんか?」

色々な情報で脳がスパークしそうだったが、どうにか現実的な返しを、と思い、「助けるって…何をすれば?」と訊いていた。お人好しだな、俺。

「実は…翼を怪我してしまって、天に帰れないのです」

確かによく視ると、向かって右側の翼の付け根部分が、血、だろうか?

赤く染まっている。かなり痛そうだ。

「俺に手当てをしてくれ、って事ですか?」

「はい。手当て、というか、治癒の為のチカラを貸して欲しいのです」と彼女は言った。

「お願いします。わたしの姿を視る事が出来る人にしか、頼めないんです」気付いて欲しくて、三日間あそこにいましたが、誰も気付いてくれませんでした…、と言った。

「もちろん、お礼はします。お願いします」

頭を深々と下げられた。参ったな…。

「何をすればいいんです?」

彼女は顔をあげた。

「お願い出来ますか?」

「そりゃ…困ってるみたいだし」

では、と言って。

「わたしと口づけをして頂けますか?」と言った。平然とした顔で。

は?となる。

「治癒力の向上の為に、あなたの中の〈チカラ〉をわたしに渡して欲しいんです。ひとまず、飛べるようになれば、天で完全回復してから、改めてお礼に伺いますので…」

そんな彼女の言葉を上の空で聞いていた。

―口づけ…キスって事だよな?

俺、初めてなんだけど…。

「お願いします」懇願に俺は頷いた。女性がここまで言っているのだ…断ったら男がすたる。

では…と彼女がそっと目をつむった。俺からしろって事か!?

心臓麻痺でぶっ倒れるんじゃないってくらい、心臓がバクバクいっている。俺は唇をそっと彼女の唇に当てた。柔らかく、弾力があり…。

感動を味わっていると、ふいと唇が離された。もう少し味わっていたかった。

「〈チカラ〉を頂けました」

視ると翼が真っ白になっている。

彼女はふわり、と宙に浮かんだ。

「わたしはリラ。必ずお礼に伺います」そう言って、天高く―飛翔し、やがて視えなくなった…。


帰宅した俺は、母の「たかが牛乳ひとつに何時間かかってるの!?」という叱責も生返事で聞き流した。

―リラ…。


そうして、迎えたクリスマス。

友達とカラオケでパーティーを開催し、遊んだ帰り道。

人気のない夜道だった。

ふわり、白いものが見え、雪かな?と思ったら、違った。これは…羽?

音もなく、真っ白な飾り気のない貫頭衣をまとった、白い翼を持つ存在が道の前方に着地した。

「リラ、さん?」

彼女のまわりだけ、まるで発光しているかのようにほの明るい。

彼女はニコリと笑うと「先日はお世話になりました。お礼に伺いました」と言った。

「と…その前に、ごめんなさい。あなたの名前を教えて頂けますか? この前、慌てていて、聞き忘れてしまって…」とはにかんだ。可愛い。

「俺は白長勇輝、です」

「ユウキ、くんね」本当にありがとう。と彼女は続けた。「何か頼みはありますか? 大抵の事なら叶えられます」

その言葉に俺は言っていた

「俺と付き合って貰えませんか?」

リラは目をパチクリさせた。それから「ええっ!?」と叫んだ。

構わず続けた。

「馬鹿みたいと思われるかもしれませんが、あなたの事が好きになってしまったんです。お礼にこんな事言うのは、卑怯かもしれませんが…」

リラは「うーん…」と呻いた。

やっぱり無理だよな…。諦めかけた時だ。

「別に問題はないけど…わたしたちは、理が違うから、普通のカップルみたいな…デート?とかはあまり出来ないと思うけど、いいの?」

その問いに俺はコクコクと頷いた。

「構いません。リラさんさえ、良ければ」

「じゃあ、お願い事はそれでいい?」

「はい!」

※※※※

あれから時が流れた。俺は順当に歳を重ねていたが、独身だった。

俺には最愛の恋人がいるが、彼女とは滅多に会えない。忙しいからだ。

それでも俺はたまの逢瀬で満足していた。

ふわり、白いものが見えた。

「リラ?」

彼女が、うふふ、と笑っていた。

いつだったか、どうして俺と付き合ってくれたのか、訊いてみた事がある。実はね…とリラは、はにかみながら答えてくれた。

「あの〈チカラ〉の受け渡しの時の口づけ…あの時からドキドキがとまらなくて…だから」

きっと幸せになれる、と思ったの。

俺の彼女は天使だ。

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彼女は天使 桐原まどか @madoka-k10

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