【カクヨム1周年記念】 道を探して㊦





 赤毛の剣士は森の中を迷いなく歩き、気がついたら元の道に出でていてくれないの里の跡地はエイルが迷っていた森の中からそんなに遠くはなかった。


 薄暗かった森から一気に視界がひらけて明るい日差しで目がくらむ。


「ぅ……わぁ……!!」


 目を開けた先に、エイルがもっと小さい頃に訪れた紅の里の面影はそこには何もなかった。


 けれど、エイルが想像していたようなすすけた建物や陰惨とした空気は欠片もなく、目の前に広がるのは美しく整えられた見事な花壇だった。


 明るく開けた土地に円形に花壇が組まれ、花壇の中心部には石碑が立っている。

 その石碑を囲むように花壇が輪を描き、様々な花が風に揺れていた。


「……すごい……キレイ……」


 肝試しに来たはずなのに、想像していた場所と現実があまりにかけ離れていてポカンとする。

 一瞬天国に迷い込んでしまったのかと思うほどここは浮世離れしていた。


 石碑の周りには水路が引かれ、小鳥が水を飲みに来ている。


 エイルはゆっくりと花壇の中心の石碑に近づくと、その石に刻まれている文字を見あげた。


 石碑には、


『紅き魂 ここに眠る』


 と刻まれていて、その下には沢山の名前が書かれている。



「…………」

「――これだけの人が、一日で亡くなったんだ」



 気がついたら赤毛の剣士が隣に立っていて、一緒に石碑を見上げていた。


「お前の村が、同じ様になったら。笑い事じゃねぇだろ? つい数年前まで、ここで普通に人が生活してたんだぜ」


 そういった青年の声に、哀しみが混ざっているのがわかって、彼の大切な人もこの中にいたのかなと思った。


「うん……。ごめんなさい」


 人ごとだと思って、自分の気持を試すためにやることではなかったとエイルは反省した。


 花壇に植えられた花はどれも生き生きと咲いていて、大きな街に作られているような花壇とは違い、咲いている花の種類に規則性はないのに不思議な一体感があった。


 その中には花壇向きではない普段道端で見るような野草のような花も混ざっていたが、エイルは気どった花壇よりも何故かこちらの方がいいと思えた。


「ここ、めちゃくちゃキレイだね」


 すごく、生き生きしてる。


 そう呟くエイルに赤毛の剣士は「毎日せっせと世話してるやつがいるからなぁ」と笑った。


 エイルは、え? と首を傾げると、花壇の影から突然黒い影がぬっと顔を出してエイルは「うわぁ!」と尻餅をついた。


「いったぁ……っ、ひ……!」


 尻餅をついたエイルの前に現れたのは、黒くて金の瞳をした大きな一匹の黒狼だった。

 エイルの鼻先に、黒いてらてらと艷やかに濡れた狼の鼻先が触れそうになる。獣の息遣いがエイルの肌を撫でていって、エイルは硬直した。


(た、食べられる……!!)


 恐怖に顔を引き攣らせたエイルをよそに、隣りにいた赤毛の剣士は現れた黒狼の首根っこをぎゅっと捕まえて怒鳴った。


「こぉら!! やーーっと見つけた! 何やってんだお前は!」

「え?」


 驚くエイルを置き去りにして、青年はまるで人と会話するように黒狼に文句をたれている。


「お・ま・え・は! 護衛もつけずに一人で出歩くなって言ってんだろ! 護衛の兵士が真っ青になって俺ん所に来たぞ!? 『一人で大丈夫だよ!』じゃ、ねぇんだよ!!」


 いい加減自覚しろだとか、その姿で気軽に出かけるなだとか、ギャーギャーと騒いでいる。


(護衛?? 狼に? 『一人で大丈夫』って……狼の言葉がわかるの??)


 ポンポンと交わされる会話に目を白黒とさせているエイルに気がついた黒狼が小さく吠えて赤毛の剣士の意識をエイルの方に促す。青年はハタとエイルに気がつくと、しまったと気不味そうな顔をした。


「あー、大丈夫大丈夫。コイツ、噛んだりしないから。これ、俺の相棒な。俺はコイツを探しに来たんだよ」


 そう言って指さした黒狼は、お行儀よくちょこんと座ってワォン! と挨拶するようにひと鳴きした。


 落ち着いてよく見ると、その黒狼は金色の穏やかな目をしていたし、首には太陽をもした金のモチーフを付けた赤い首輪をつけていて大人しそうに見えた。

 エイルがじっと黒狼を見つめるとその黒狼は金の目を細めてエイルにすり寄って来た。


「わ、わ!」


 最初は怖くてドキドキとしたけれど、じゃれるようにすり寄ってきた身体を撫でてやるとふわふわとした毛並みが気持ちよく、その身体からは太陽と草の香りがした。


「さて、あんまり遅くなるとお前の親とか友だちも心配すんだろ。帰るぞ」


 そう言って二人と一匹は並んで来た道を帰る。

 森の出口まであと半分程のところまで来たところで、向こう側から兵士と思われる人とエイルの母、そして半泣きのエイルの仲間達がやって来た。


「エイル!!」


 一人で森へ入るなんてなんて危ないことをするの!! と駆け寄ってきた母に叱られる。エイルは母に抱きしめられながらごめんなさいと謝った。

 エイルの仲間達はエイルが鹿に驚いて森の道から外れていってしまったところまでは影で見ていた。最初は笑っていたが、いつまでたっても戻ってこないエイルを心配して村まで助けを呼びに行ったらしい。そこで赤毛の剣士を探していた兵士とともに紅の里までの道をやって来たようだった。


 仲間たちはべそをかきながら「ごめんね」と謝る。どうやら道すがら大人たちにこってりと絞られたようだ。


 エイルは首を横にふると、しっかりと仲間たちの顔を見て言った。


「……紅の里には行ったけど、ふざけて行くような所じゃなかった。沢山の人が亡くなった場所だし、オレもそんなの間違ってるってちゃんと言うべきだった。ごめんなさい」


 そう言って頭を下げたエイルに、仲間たちはびっくりして顔を見合わせた。


「エイル、紅の里に行けたの?」


 驚く仲間にエイルは恥ずかしそうに言った。


「この人に連れて行ってもらっただけだけど。花が咲いてて、凄くキレイなところだったよ」


 エイルの言葉に、仲間たちは「スゲー!」と歓声を上げた。


「……でも、もうふざけて行ったりしない」


 そう言ったエイルの頭に、大きな手がぽんと置かれた。

 見上げると、そこには菫色の瞳を細めて笑う赤毛の剣士がいて、


「――悼む気持ちをちゃんと持ってくれてりゃ、大人と一緒ならいつでも来てもいいんだぜ。誰かが来てくれたら、あそこに眠る住人たちも寂しくないだろうさ」


 そう言って撫でられた頭はとても優しかった。


「ご領主様、この度はうちのガビエルが大変ご迷惑をおかけしました!」


 母がそう言って慌てて頭を下げるのを見てエイルはびっくりする。


「え……? ご領主様?」

「ガビエル?」


 エイルと赤毛の剣士が同時に反応した。

 お互いに顔を見合わせ、ぽかんと赤毛の剣士を見たエイルに、母と一緒にやってきた兵士が「こちらの方は新しくノールフォール領の領主に着任されたガヴィ・レイ侯爵様だ」と教えてくれた。

「お前、エイルって言わなかったっけ」と片眉を下げたガヴィに、エイルははにかみながらも答えた。


「エイルは愛称で……お、オレのご先祖様が……創世記に出てくる英雄なんだって……。それでばあちゃんがその人にあやかって名前をつけたんです。本当はガビエル……ガビエル・クストって言うんだ……あ、言います」


 赤毛の剣士は目を見開いた。


 名前負けしてるけど、と薄い紫の瞳を細めて笑ったガビエルに、赤毛の剣士――ガヴィは、今度は乱暴にエイルの髪の毛をぐしゃぐしゃと混ぜっ返して、「もう母ちゃん心配させんなよ!」と、にかりと笑った。



 ガビエルはやせっぽっちの自分も、この赤茶けた髪の毛や紫の目も、弱虫な自分も。どれも好きではないと思っていたけれど、自分を助けてくれたこの領主のガヴィに少し似ているかも、と思えたら悪くないかもと思えてきた。


(オレも、頑張ったらご領主様に仕える剣士になれるかな)


 あんなに怖かった森も、帰りは不思議と怖くなかったし、ガヴィの隣でオォ―ンと吠えた黒狼も何故か笑っているような気がした。


 明日は、もう一つ勇気を出してみよう。


 ガビエルは顔を上げた。



 2024.12.7 了


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 ❖あとがき❖


 カクヨム登録1周年記念に書かせていただきました!

 主人公は多分八歳くらいの少年エイルくんです。ノールフォール近くの村に住んでいる気弱な少年です。


 カクヨムを始めて色んな新しい出会いがあり、とても充実した一年でしたので、テーマを『出会い・繋ぐ・そして新たな出発』にしたいなぁと思い書いた小噺になります。


 時系列的にはイルとガヴィがノールフォールに移住してすぐぐらいですかね。


 私の拙い書き方で伝わったか解らないのですが、裏話をしますと……

 エイルくんはガヴィの子孫になります。え? ガヴィまだ子ども出来てないやん?? と思われるかも知れませんが……ガヴィには妹がおりまして、その妹がガヴィがいなくなったあとも立派に一族を繋いでいた。と言うことになります。


 ガヴィの存在は歴史上では段々存在が薄れていってしまいましたが、家族はちゃんとガヴィのことを忘れずに伝えていっていたようです。その存在を誇りに思って、子どもにガヴィエィンに似た響きのガビエルと名を付けるくらいには。


 本編、番外のどこにも書いてありませんが、実はガヴィ・レイの名のレイはガヴィの母方の姓です。500年の眠りから覚めた後、ゼファーに名前を名乗った際にガヴィはまさか自分が500年も時を超えたと思っていませんでした。なので自分の素性がバレないように、とっさに母方の姓を名乗ったのです。


 なのでガビエルくんの名の由来と姓を聞いた時、ガヴィは彼が自分の系譜だと気がついたのです。


 こりゃちゃんと領主業しなくてはなぁとガヴィも思ったことでしょう(笑)


 カクヨムで出会い、繋がって、そして新しい物語をまた紡いでいけますように。

 これからもよろしくお願いいたします!



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 ☆ここまで読んでくださって有り難うございます!♡や感想等お聞かせ願えると大変喜びます!☆

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