【ギフト御礼】小噺 甘いシロップの誘惑





 アルカーナ王国で容姿端麗、冷静沈着、いつも笑顔を絶やさない……といえば十人が十人、それはアヴェローグ公爵と答えるだろう(聞いた十人の中に赤毛の侯爵が混ざっていなければの話であるが)。





 しかしそんなアヴェローグ公爵がその笑顔を崩し、感情を無にする瞬間がある。

 ……というか無にできる人間がいる。

 いつもその役は大概が赤毛の侯爵であるのだが……。


「……はい? なんて言いました?」


 聞き間違いかと思い聞き返す。

 目の前の王家専属の魔法使いは、笑顔のまま先程と同じ台詞セリフを繰り返した。


「いえ、ですからね? ぐすりを作ったんですよ」


 れ、薬? ……一体何を掘るのか。


(いや……違うだろうな……)


 脳内で一人ツッコミをしてみるが、残念ながら聞き間違いではないだろうとゼファーは真顔で眉間をおさえた。


「……なぜそのようなものを?」


 聞きたくはないが聞いておく。

 ここでスルーしても、どうせ後でまた聞く羽目になることは既に何度も経験済みだ。

 特に赤毛の侯爵よりも、彼――マーガの話は最初から聞いていた方が後々面倒が少ない。


 ゼファーが問うと、マーガはよくぞ聞いてくれました! という顔で目を輝かせた。


「書庫で古い文献を漁っていたらですね、興味深い箇所を見つけたのですよ! ある薔薇の花のエキスと、数種類の薬草を組み合わせて出来る秘薬についての文献が!」


 ……研究室に籠もり気味でただひたすら魔法道具の製作に勤しんでいた前任の専属魔法使いも変わり者であったが、現役の彼も人当たりは抜群に良いがやはり変わり者には違いない。


 普段は冷静に物事をみられるのに、気になるものを発見した時や、ロマンチシズムに囚われると突然変な方向にのめり込む傾向にある。

 ゼファーは溜め息をついた。


「……それを作ってどうするんですか? どなたか意中の方でも?」


 目眩を起こしそうになりながらも一応尋ねる。


「いえ? 単純に気になっただけです。古代の研究者もこのような俗物的なものを作っていたんだなあと。だって面白いじゃないですか」


 女性に見えなくもないその中性的な顔で、マーガはそれは綺麗に微笑んだ。ゼファーは目眩を起こしそう……いや、実際に目眩がした。


 ゼファーが聞いたことを後悔していると、コンコンとドアがノックされ、開いたドアから知った顔がひょっこりと顔を出す。


「こんにちは! ゼファー様……って、セルヴォさんもいらっしゃったんですね」


 王妃様からお菓子をいただいたのでご一緒にいかがかと思って、とにこにこと笑うイルに、そう言えば一緒にお茶を飲む約束をしていたのだと思い出す。ゼファーは侍女にお茶の準備を頼むとイルにも促しつつ自分もソファに移動した。


「? なんですか? これ」


 イルがマーガの前に置かれたピンク色の小瓶をまじまじと見る。

 マーガはにっこりと笑った。


「惚れ薬です」

「惚れ薬ぃ?!」


 イルがぎょっとしてマーガを見る。


 うん、健全な反応だ。


「もう実証実験はすんでるんです。実験用動物マウスですが。雄雌は当然ですが、この薬を与えた所、同性同士でもお互いの好感度の高まりが観察されましたから」


 即効性で大体飲んで最初に視界に入った人物に好意を抱くという。持続性があるわけではなく、三日ほどで効力は消失したらしいが。


「愛情表現ベタなガヴィ殿にいかがですか」


 はい、とマーガに小瓶を渡されてゼファーが低い声で「マーガ殿」と釘を刺す。


「大丈夫ですよ。イル殿に飲ませるわけじゃないですし、好感度が上がるだけで特に性的興奮を促すわけではないので」


 サラリととんでもない台詞を言われて頬を赤く染めつつ、イルはまじまじと小瓶を見つめた。


 「人での検証実績が欲しいので、知らない人に使うのは問題かもしれませんが、両思い同士なら問題ないでしょう。日々の生活を潤すエッセンスだと思ってよかったら使ってみてください。あ、結果の報告お願いしますね」とマーガに小瓶を握らされた。



*****  *****



(……どうしよう)


 イルは部屋に戻り途方に暮れた。


 目の前にはピンク色の小瓶。

 マーガいわく、この薬は最初に目に入った人物の好感度を急速に上げる効果があると言う。

 ガヴィとは既にお付き合いしているが、これを飲ませれば今以上に好感度が上がること間違いなしですよ! とマーガに力説された。


 確かに、ガヴィとお付き合いを始めたとは言え、特に出会った頃と何が変わったのかと聞かれると自信がない。甘い空気とは一体どういうものなのか、今のところイルにはよくわからない。

 だがしかし、マーガの事を信用していないわけではないが、ちょっと怪しげなこの薬をガヴィに飲ませるのは気が引ける。


「……」


 ……ただ、ちょっぴり甘くなったガヴィを見てみたい気持ちは無くはないが。


「イル様どうされたんですか?」


 侍女のリズが不思議そうに尋ねる。イルは慌てて何でもないよと笑顔を作った。


「あ、そう言えばイル様」


 何かを思い出してリズがポケットから小さな青色の瓶を取り出す。


「先日最近流行りの茶店に行きましたら、新しい商品が売っていまして」


 何でも紅茶の中に入れると好みのフレーバーの香りと甘みが増すという紅茶専用のシロップらしい。キャラメルやチョコレート、ナッツなどの色々なフレーバーがあるとか。


「イル様、お茶の時にナッツのフレーバーのシロップなど入れたら、侯爵様もお喜びになるんじゃないですか?」


 お土産に買ってきました、とリズに渡されていっぺんに嬉しくなる。


「有り難う! ガヴィと一緒に飲むね!」


 リズの心遣いが嬉しくてイルは胸が一杯になる。

 二人で顔を見合わせてふふふと笑い合っていると、ドアがノックされて渦中の侯爵様が顔を出した。


「よぉ」


 リズは赤毛の侯爵の登場に「お茶を用意しますね」とさっと下がっていった。


 応接セットのソファに掛けたガヴィはテーブルの上に置かれた小瓶に気がつくと何の気なしに持ち上げる。


「なんだこれ?」


 イルは一瞬どきりとしたが、経緯を説明すれば間違いなく「馬鹿かお前は! んなモンもらってくんな!」と怒られるに違いない。


「あ、あの! リズがね! 紅茶にいれるシロップをくれたんだ! ナッツの香りがするんだって!!」


 慌てて誤魔化す。いや、嘘はいっていないが。


「あ! あと王妃様から美味しいお菓子をいただいたんだ! ガヴィにもあげようと思ってとっておいたんだよ」


 とってくる! と言って席を立つ。……動揺した顔を早く直さなくては勘のいいガヴィに詮索されてしまう。

 ガヴィ用に取り分けておいたお菓子を取りに行き、ぱちんと顔を軽く叩いて表情筋を整える。鏡の目で一応顔をチェックして――よし、普通だ。


 ガヴィの所に菓子を持って戻るとすでにリズがお茶を持ってきてくれていた。

 そしてガヴィの手にはピンクの小瓶が――


「これ、ナッツの香りなんかしねぇけど?」


 甘みもねぇなぁ……どっちかって言うと薔薇っぽい?? そう言いながらカップに口をつけている。


「の、飲んだのぉ?!」


 イルの突然の大きな声にガヴィは面食らう。


「の、飲むだろ?! は?」


 動揺するガヴィをよそに、イルはガシッと彼の手を掴むと詰め寄った。


「だ、大丈夫?! なんか変なところない?!」


 イルの顔は真っ青だ。マーガの事は嫌いじゃないが、小瓶の中身は信用していないイルだった。


「なんともねぇよ。……っていうか……どういうことだ?」


 すぐに不穏な空気を察知してイルを問い詰める。

 イルはもう駄目だぁ……とばかりにがっくりと肩を落とした。





「惚れ薬だぁ?!」


 事の経緯をイルから聞いたガヴィは驚きと同時に呆れた声を上げた。

 マーガからもらった薬……と聞いてろくな事はないと思っていたが。


「馬鹿かお前は! んなモンもらってくんな!」


 予想通り、一言一句違わない台詞をもらって項垂れる。


「……ごめんなさいぃ」


 使うつもりなかったんだよ……と落ち込むイルを前にして、ガヴィははあぁぁっと息を吐いた。


「ったく、あの魔法使いヤロウ、余計なもんイルに持たせやがって」


 ブチブチと文句を言うガヴィに、今回ばかりはイルも恐縮しっぱなしだ。

 ガヴィはイライラしながらイルに釘を差した。


「いいか、アイツから今後一切物はもらうな。贈り物を無下にしろってことじゃあねぇが、他の男から簡単に物をもらってんじゃねぇよ、お前は」


 よりによってなんつ―モンを貰ってんだお前は! と叱られて、イルは反省しつつちょっぴり本音をこぼした。


「ごもっともデス……。

 でも、今よりもっと仲良くなれるかもって思ったら……ちょっと気になっちゃったんだもん……」


 ガヴィってそーゆー空気ないじゃない? 好きとか、言ってくれるわけじゃないし。



 小さくなって呟いたイルに、ガヴィはふーっと長い息を吐いた。

 ガヴィの落胆した空気に、胸がぎゅっとなる。



「……何をして欲しいとか、何が欲しいとか……そーゆーのは俺に直接言え」



 そう言うと急にガヴィの気配が近づいて、肩を引かれたかと思うと距離がゼロになる。

 耳元で短く何かをささやかれて、イルは完全に動きを止めた。


「――――」


 全身を真っ赤にして固まっているイルからぱっと手を離し、ピンクの小瓶を回収するとガヴィは立ち上がった。


「――これはとりあえず没収な。あのヤロウに一言文句言ってくる」


 そう言うと固まったイルを一人部屋に残し、ガヴィはさっさと出て行ってしまった。



*****  *****





「ふざけたもんをアイツに渡すな」


 普段なら絶対に近寄らない王家専属魔法使いの私室に、赤毛の侯爵が怒りをにじませながらやってきた。


(おやおやぁ……?)


 マーガの前には見覚えのあるピンクの小瓶。瓶を持ち上げると中身が半分ほど減っている。


「……お二人の関係に甘さが足りないと小耳に挟みましたので、ちょっとしたエッセンスになればと思ったのですが……お気に召しませんでした?」


 いけしゃあしゃあとのたまうマーガに、ガヴィの額に青筋が浮かびそうになる。


「……余計なお世話だ。ふざけた探究心でアイツにちょっかいかけるんじゃねぇよ」


 二度目はねぇぞと脅しをかけて、くるりとマーガに背を向ける。

 言いたいことを言ってさっさと退出しようとするガヴィに、マーガはのんびりと声をかけた。


「瓶の中身、飲んだんですよね? なんにもお変わりなかったんですか?」


 おかしいなぁ……とぼやくマーガに、ガヴィは半身だけ振り返って吐き捨てた。



「……もう既に惚れてるやつに飲ませたって何の意味もねぇだろうが」



 ボケが! と捨てぜりふを吐いて今度は振り返らずに部屋から出ていった。





「……」


 一人部屋に取り残されたマーガは、おもむろに研究資料を開き、


『想い合っている者に飲ませても対象者には効果なし』


 と検証結果を記したのであった。













 ――――さて、こちらも一人部屋に取り残されたイルは――。



(ぜ、ぜ、絶対あの薬効いてる……!!)



 未だソファの上で一人固まっていた。


 いくらイルから強請ねだったような形になったとは言え、普段の彼なら絶対に口にしないようなをイルの耳元で吐いていった。


 あまりに免疫がなさすぎて、効果は絶大だ。

 まるでこちらが惚れ薬を飲んでしまったかのように胸がドキドキと波打っている。


(セ、セルヴォさん……あの薬、効いてる、効いてるよぉぉ……!!)


 この結果を、果たしてマーガに知らせたほうがいいのか否か。

 イルは悶々と悩む羽目になるのだった。



2024.10.11 了


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❖あとがき❖


 えー、ギフトを下さった方々に、お礼として近況に1200文字くらいのショートショートを書こうとして書き始めたのですが、案の定長引きまして(笑)いっその事小噺にするかと言うことになりました。


 ラブコメや昔の漫画等ではよくある『惚れ薬』のワチャワチャネタを面白おかしく書こうと思ったのですが(近況ならちょっとふざけてもいいかなーなんて)小噺にしましたのでちゃんと落とし所をつけました(笑)


 なんにも薬が効いていない風なのに、微妙に翻弄されているガヴィにご注目です(笑)ちょいちょい、セリフの中に普段言わないことを言ってます(笑)

 ガヴィはメチャクチャ惚れてる状態であの態度ってことですよねーー。


 珍しくマーガに頭を悩ませているゼファーを書くのが何気に楽しかったです。


 ギフトを下さった皆様!(たしかギフトを下さった方々はみなアルカナ読んでくれてたはず)本当に有難うございました!! この場を借りて御礼申し上げます!!


 それ以外の方も楽しんでいただけたら光栄です―(*´ω`*)

 

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☆ここまで読んでくださって有り難うございます!♡や感想等お聞かせ願えると大変喜びます!☆

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