小噺 其の十 秋空の誓い

 街の木々も赤や黄色に色付き始め、頬に触れる風も爽やかと言うより冷たさを感じる様になってきた秋晴れの城下街。アルカーナ王国国王エヴァンクールは久しぶりの視察を行っていた。

 今年に入り事件が続き延び延びになっていたが、エヴァンクールは国王に即位した時から、なるべく月に一度は自ら城下に降り街を見て回ることにしている。警備の都合上、もちろんお忍びではあるが。


 今日もなるべく質素な服で身を包み、最小限の供を連れて街に降りる。

久しぶりの外出に、一個人としても少々浮き足つ心を抑え、珍しく視察の護衛についた赤毛の剣士の伝達の声を聞きながら、エヴァンクールは歩みを進めた。



「……以上が本日の予定になります。

 なお、本日アヴェローグ公不在の為、護衛は自分が務めさせていただきますのでよろしくお願い致します」

 王に仕える直属の臣下としてはなんの問題もなく、今日の予定を淡々と一息に言い切って自分の後ろに控える赤毛の部下は飄々ひょうひょうとそこに立っている。

一風いっぷうもニ風も変わっている経歴の、普段は国境付近の防衛指揮や諜報ちょうほう活動が多い武人侯爵の彼だが、一連の事件より城に詰める事も増え、彼としては珍しく働きの褒美に領地をくれと強請ねだってきたり、黒狼に変化できる金の瞳の少女との婚約を報告してきたりと、青天の霹靂へきれきのような変化の起こったここ最近であったのだが……。


 事件後、わずかに見せた照れや動揺などもあっという間に無かったような顔をして、しれっと護衛に立つ男の横顔に、アルカーナ王国国王エヴァンクールはこちらも面には出さずに内心苦笑した。

 とは言え、エヴァンクールの腹心で従弟いとこでもあるゼファー・アヴェローグにはしょっちゅう言いくるめられているのを目撃しているし、彼に対してはざっくばらんな様子なのだが、流石に国王であるエヴァンクールに対しては臣下の礼節を保っている。

 ガヴィの過去を知らない内は特に違和感も感じなかったが、彼の生い立ちを知った今、彼が以前と同じ様に臣下の立場に収まっていることには多少の違和感はあった。

 創世の剣士ガヴィエインとしてではなく、アルカーナの剣士ガヴィとして生きていく事を決めたのだから、今生こんじょうを生きていくすべとして今の立場は彼にとって悪いものではないだろう。

だがしかし、ある意味しがらみだらけの窮屈きゅうくつな国の中枢ちゅうすうで、ただの臣下として収まっているような性格でもないように思える。

そもそも、過去の彼はそこに収まることが出来なかったのだから現在ここに有る。


 彼は何を思ってここにいるのだろう?


 エヴァンクールはにわかに興味が沸いて、城下を見下ろせる高台まで来ると歩みを不意に止めて彼に訊ねた。


「……ひとつ、いいかな? 君は、何故私に力を貸そうと思ったんだい?」


 エヴァンクールの唐突な問いにガヴィは最初何を問われているのかと目をしばたたかせた。

ガヴィは主の問いに正確に答えなければとしばし考えを巡らせたが、「言っておくがこれは職務とは関係ない、今は主従の関係は忘れてくれると有り難い」と言われて、エヴァンクールが部下としての答えを求めているのではないのだと理解する。

ガヴィは逡巡しゅんじゅんののち、ただのガヴィとして答えた。


「……罪悪感、かな。

 ……神様なんてものは元から信じちゃいなかった。

 母親が病気で死んだ時も、イーリャが死んだ時も神が助けてくれた事はなかったから。

 ただ……魔石を握った時は確かに死ぬつもりだったから、死なずに五百年の時を超えた時、これは罰なんだと思った。……友や国を放り出して逃げた罰だと」


 だから贖罪しょくざいのつもりで国を見に行った。

 結果は、まあ……流石アイツだなって感じだったけど。


 そう、苦い顔で薄く笑う。


「……罪を償う方法なんてもんはわからなかったけれど、俺のことを誰も知らないこの国で、もう一度少しでも力になる事で自分の罪を償いたかったのかもしれねえ」


 俯きながら答える赤毛の剣士に、なるほど……フム、と少し考えた後でエヴァンクール国王はしごく穏やかな声で「ガヴィ」と呼んだ。


「君は、五百年の時を超えた事を罰だと言ったが……。それは違うかもしれないよ」

「え?」

 ガヴィはいぶかしげにエヴァンクールを見る。


「この奇跡が神の御業みわざだとしたら……神は君を救済する為に君の時を止めたのかもしれないと言うことさ」


 ガヴィは目を見開いた。


「だって、君はもうこの世界で生きる意味を見出しただろう? 今、君は不幸かい?

 ……少なくとも私は、神がこの時代に君を遣わしてくださった奇跡に感謝しているよ。

 それに、私は逃げる事が全て罪だとは思わない。

 もちろん立ち向かうべき時もあるさ。……でも初代国王が多くの人を守りたかった様に、皆一人ひとりが思う守りたいものがある。

 その思いが違うのは当たり前だし、一致すれば共に歩んでいくのだろう。

 初代国王は君を失って辛い思いをしただろうが、そこに居続けて君が辛い思いに蓋をし続ける事になったとしたら。それはお互いに幸せな事なんだろうか?」


 大切な人と同じ道を選んで歩けるのは嬉しい事だが、思いをたがえてそれぞれ別の人生を歩んで行く事は別に罪ではないよ。

 君は君の道を見つけただけのことだ。

 ……それに、君には、共に歩んでくれる人が今はいるだろう?


 エヴァンクールの慈愛のこもった穏やかな声音に、せり上がってくる熱いものを無理やり飲み込んで、彼の思いに答えようとガヴィは唇の片端をなんとか上げた。

 それが笑みの形になっていたかは怪しかったが、ガヴィの気持ちを正確に受け取ったエヴァンクールは自分も微笑んで、いつかガヴィに言おうと思っていた言葉だけを口にした。

「……君にどんな思惑があったにせよ、君が私に力を貸してくれたことには本当に感謝している。

 君という存在は、私にとっても、アルカーナにとっても僥倖ぎょうこうだった」

 そう言ってエヴァンクールは柔らかく微笑んだ。


(……ったく、どいつもこいつもよ。俺の周りの奴は人間が出来てて嫌んなるぜ)


 友といい、友の血を受け継いでいるこの一族といい、彼らはいつも自分の一歩先を行ってガヴィに諭すように言い聞かせてくる。

ゼファーに似た、けれども彼とは違う面差しで語るエヴァンクールに、やられっぱなしのガヴィは一矢報いたくてボソリと呟いた。

「……アルフォンスは国王だから仕えてたわけじゃない……友だから力を貸した。アンタはあいつの子孫かもしれないけれど、でも……友達じゃない。

 貴方は尊敬出来る王だ。……最初は贖罪のためだったかもしれねぇ。

 けど……今は俺が貴方に仕えたいと思っているから此処ここにいる」


――俺を変えたのが、イルやゼファーだけだと思っているのなら、それは大間違いだ――


 決まりが悪そうながらも目をそらさずに言う。

エヴァンクールはガヴィの真摯な言葉に珍しく毒気を抜かれたように目を丸め、ガヴィの気持ちを受け取って破顔した。

 意趣返しが成功したことで、やっとガヴィもいつもの様に唇を持ち上げたのだった。



 眼下には、秋の澄んだ青い空を背景に、美しいアルカーナがどこまでも広がって煌めいている。若き王と赤毛の剣士はこの国をいつまでも護っていこうと互いに再び心に誓ったのであった。


2023.11.27 了

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❖あとがき❖


 きっとガヴィは自分が放って逃げてしまった国がその後どうなっているのか、気になって仕方がなかったと思うのです。知らんぷりもできたはずなのですが、たまたまゼファーと出会って、アルフォンスの子孫が脈々と繋がっていることを知ったら手を貸さずにはいられなかったんだろうなと。


 でもゼファーもエヴァンクール様もアルフォンスとはぜんぜん違うタイプで。一緒に過ごすうちにエヴァンクール国王の人柄に心底共感したんだろうなと思います。


 こんなカリスマ性のある上司……私も出会いたいなぁ……(笑)


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