小噺 貴方色
今日は朝に国王との謁見があったが、昼からはさして取り立てて行わなければならない業務もなかったガヴィは城にイルを伴わず、謁見後は早々に屋敷に戻ってきた。
このところ急に季節は秋めいて、屋敷の周りや庭の木々も赤く色づき始めている。
愛馬を厩舎に入れ、玄関に入るとレンが「おかえりなさいませ」といつものように出迎えてくれる。
外套を受け渡しながら言葉を二三交わし、お茶を淹れて参りますと言うレンに「あいつは?」とたずねた。
玄関の扉を開くと飛び出してくる勢いのイルが今日はやけに静かだ。
レンは笑って「今日はお天気がよろしいですから、お庭におられますよ」イル様にもお声掛けいただけますか? とガヴィに伝言を頼んだ。
普通の侯爵邸の執事なら主人に人を呼びに行かせるなどとんでもない話であるが、この屋敷には家人はなんと彼しかいない。
平民出のガヴィにとって、レンはもはや家族のようなものだ。ガヴィは気安く彼に片手を上げた。
他に家人のいない屋敷はイルがいないと静かだ。
居間に入り庭に続く硝子戸をカタリと開ける。
早朝に屋敷を出た時は肌寒かったが、秋晴れの澄んだ日差しに温められてぽかぽかと気持ちの良い温度になっていた。侯爵邸の小さな庭は夏の小花はすっかり鳴りを潜め、かわりに秋桜やアスターの花が揺れている。
テラスのベンチを通り過ぎ、庭に降りたが
落ち葉を踏みしめながら近づくと、イルはガヴィに気がついて「おかえりー」と体を起こした。
「……何やってんだお前」
少々呆れた声のガヴィを気にもとめず、体や頭に赤や黄色の落ち葉をつけながら何故かイルはご機嫌だ。
「だってねー、こうやって横になってるとさ、上からひらひら葉っぱが落ちてきて綺麗なんだよ!」
気持ちよかったーと屈託なく笑う。イルらしすぎる返答に苦笑すると、ガヴィは片手で彼女の手を引いて、よっと立たち上がらせた。
「レンがお茶淹れるってよ」と声をかけ、ゼファーから焼き菓子もらったんだけど喰うか? と言うとイルは目を輝かせた。
上機嫌で呼びに来たガヴィの横を通り過ぎ、軽い足取りでテラスに駆け上がる。
のんびりとイルの後を着いてきたガヴィに、イルはくるりと振り返ると手に持っていた落ち葉をガヴィに見せた。
「見て見て! ほら、これガヴィみたいじゃない?」
イルの手にあったのは、真っ赤に染まったカエデの葉。
これがね、次から次へと上から落ちてくるもんだからさ、見てたらなんかガヴィの頭みたいだなーって思ったらなんだか嬉しくなっちゃって。
そう言って笑うイルの顔見て、ガヴィは喜んでいいのかよくわからず片眉を下げた。
それでも、何が嬉しいのか落ち葉に埋もれてご機嫌なイルに、ガヴィは大股でいっきに距離をつめて隣に並んだ。ガヴィを見上げてイルは「へへっ」とまた笑う。
ガヴィは唇の端を持ち上げると、いつものように彼女の髪をくしゃりとまぜた。
イルからは草と金木犀の秋の香りがした。
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