小噺 其の十一 ミルクティを飲む前に

 

 いつもと同じ時間に目が覚めたのに、外はまだ暗闇の中。森の中の屋敷に朝日が射すまでには、まだ少しばかりかかるだろう。


 イルは厚手のカーディガンを羽織ると部屋を出て居間に向かった。

屋敷はいつもよりしんと静まりかえり、静寂が支配している。

冷気が衣服から隠せない素肌を刺すが、イルは気にせず足を進めた。


 こんな静かな朝は外がどうなっているか、北の地ノールフォール産まれのイルは良く知っている。



 居間の扉を開けると、先日みんなで作った新年を祝うスワッグを飾った暖炉に、執事のレンが火を入れているところだった。

「……これはお早いですね」

おはようございます、と微笑む。レンが暖炉の前へと手招きした。

「おはようレン。新しい年だね」

 レンはイルを暖炉の前に座らせると、そうですねえとのんびりと言ってブランケットを肩にかけてくれた。

窓の外を見ると、イルの予想通り庭は一面の雪。東の空はうっすら明け始めている。

「けっこう積もったね。今日は雪かきしなきゃだねえ」

 どこかワクワクとしながら言うと、玄関の方からガヴィが冷気と共に入ってきた。

「前の方は少し雪を避けるだけで問題ないな……なんだ、起きたのか」

まだ暗いから寝てても良かったのに、と肩の雪を軽く払いながら言う。

 イルはおはようと返しながら「雪の上を朝日が照らす所を見たかったんだもん」と笑った。

 ガヴィは一瞬呆れたような顔をしかけたが、「いや、まあわからんでもないけどよ」と言い直して「もうすぐ日が昇るぞ」とイルに厚手の外套を渡した。



 テラスからスノーブーツに履き替えて外に出る。

 踏み荒らされていない新雪は、昇り始めた朝日をうけて灰色から紫にだんだんと色を変え、星の欠片が落ちてきた様にキラキラと輝き出した。

 肌を刺す寒さなど気にならないくらい、言葉に出来ない感嘆が白い息と共に吐き出される。

「……アカツキになって駆け回るのは無しだぞ」

 いつの間にか隣に立っていたガヴィに釘を刺される。

「そんな事しーまーせーんー!」

……ちょっと考えなくもなかったが、それは言わずにべーっと舌を出した。



 誰も踏んでいない雪にそおっと足を降ろす。

 さくりさくりと音がした。

 

 素手で雪を少しすくって空に放り投げる。

 雪は朝日をうけてキラキラと頭上に降り注いだ。



「あー〜! なんだっけ、この感じ!」


 感動を言葉にしたいのに、適当な言葉が思い当たらず悔しがる。

 ガヴィはそんなイルに目を細めるとボソリと呟いた。


「『乙女の髪を飾るは 銀の花

 ひらり きらりと輝くは 

 貴女の心 貴女の瞳』……なーんてな」


 イルはキョトリとガヴィを見た。

「……ガヴィってさ、」

 前から思っていた事を聞いてみる。

「詩集とか読むんだね?」

それ、昔の有名な冬のうただよねとイルに指摘されてガヴィは「あ?」と眉を寄せた後に「あ〜……」と手で顔を覆った。そのまま天を仰いで、次は地面にのめり込みそうなガヴィに慌ててフォローする。

「いや、ダメとかじゃないよ?! でも前テラスに座りながら詩集読んでたりしたでしょ?! な、なんて言うか、意外だなーって!」

 ガヴィは覆った指の隙間からイルを見ながら、気まずそうに答えた。


「……それ、お袋の愛読書なんだよ」

 イルは驚いてガヴィを見た。

「親父と結婚する時に持ってきたのか、家にずっとあったんだ。小さい時に、よくお袋が読んで聞かせてくれた」

 アルカーナの城下街の書房で、昔母が読んでいた古い詩集の復刻版が売られているのをたまたま見つけ、懐かしくなって手に取った。

それから、休暇などで屋敷に帰ると、たまにテラスで何の気無しに眺めていたのをイルに見られていたらしい。

「……そっか。……お母さんとの思い出の本だったんだね」

 イルはそう言うと優しい顔で微笑んだ。

「詳しく知ってるわけじゃないけど、そのうたなら私も聞いたことあるよ。

 雪の精霊が、女の子の上に雪を降らせるうただよね」


 うん。本当だ。今にぴったりだね!


 そう言って、もう一度雪をすくってえいっ!と空に放り投げた。


 空に舞った雪は、昇った朝日をうけて、きらきらきらきらとイルに降りそそぐ。

 ガヴィは眩しさに目を再び細めた。



 無邪気に雪の上ではしゃぐイルを見つめながら、ガヴィはの続きを思い出していた。



 乙女の髪を飾るは 銀の花

 ひらり きらりと輝くは 

 貴女の心 貴女の瞳


 凍るような 冬の朝


 私の心に灯った炎

 ゆらり ちりりと胸に舞う



(……ガキの頃は、意味なんて全然解らなかったけど)


 ただ、紡がれる冬の朝の情景が綺麗で。を詠む母の横顔が嬉しそうだったから。

 なんとなくずっと覚えていただけだ。


(……寒くねぇ冬の朝が、俺にも来るなんてな)


 ガヴィは一人口の端を持ち上げると、レンがミルクティが入りましたよ、と呼びに来るまで、自分もイルと一緒に雪を空に放り投げたのだった。  


2024.1.2了

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❖あとがき❖


 クリスマスに思いつきの短編を投稿しようと思ったのですが、書いたら書いたで時系列が公開前のエピソードの後の話で本編ネタバレの内容でしたので公開できませんでした。


 ただ、年が明けて新年おめでとう的な、冬の朝のお話を書きたいなーと思っていた所に地震が起き、それどころでは無くなってしまいましたが、そのことばかりを考えていても気分が落ち込みますので思い切って書いてみました。


 私にしてはとっても短い、新しい年を迎えたイルとガヴィのお話です。

時系列的にはずっと後のお話なんですが、ギリギリネタバレは無いと思うので投稿します。

二時間ほどで勢いで書きましたので、その内修正するかもしれませんが、冬の朝の寒さときらめきと温かさを書きたくて。

 冬って寒いけれど、あのキリリとした空気が私は好きです。


 大変な年明けになりましたが、負けずに頑張りましょう。


 


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