小噺 其の九 花の乙女は誰に微笑む⑤
射場を降り来賓席の方を見ると、幕が上がった席に『花の乙女』に扮したイルと目が合う。『花の乙女』用にあつえられた白を基調とした衣に、赤い巻きスカートを履き、頭には色とりどりの花が飾られている様は確かに『花の乙女』と呼ぶのに相応しい様相だった。遠目ではあったが、イルが両手を胸の前で組んでこちらを見ていることは解った。
「勝者! ガヴィ・レイ侯爵!!」
勝利宣言の声がかかり大歓声の中、来賓席の前に設えられた踊り場に向かう。段々と距離が近づいてきてクリアに見えてきたイルは花冠を頭に掲げ、色鮮やかなリボンが何本も顔の周りを彩り、化粧も施されていてまるで別人のようだった。
来賓席からすでに踊り場に移動し待っていた国王と『花の乙女』の前まで行くと膝まずく。エヴァンクール国王は穏やかな笑みを浮かべるとガヴィに賛辞の言葉を贈った。
「ガヴィ・レイ侯爵。そなたの弓、見事であった。そなたの射は神の目にも止まり、今年もきっとアルカーナの地に豊かな恵みをもたらしてくれるであろう。……そなたに『花の乙女』からの祝福を授ける栄誉を」
有難うございますとお決まりの文句を返し、『花の乙女』に向き直る。ガヴィは矢筒から献上用の稲穂が付いた矢を取り出すと、恭しく頭上に掲げて『花の乙女』にそれを贈った。
「『豊かな恵みが今年も得られましたこと、大地に感謝し、命に感謝し、花の乙女に我らの感謝を贈り、これからも精進してまいります』」
決まった
「『全てのことに感謝し、恵みを受けられることを常と思わず、手を取り合って精進されますよう。……ガヴィ・レイ侯爵に、祝福を』」
そう言って『花の乙女』は頭につけていた花冠をガヴィの首にかけ、ガヴィの手を取るとその手の甲に口付けを落とした。
「さあ! 『花の乙女』より恵みの口づけが贈られた!! これで今年の実りも安泰であろう! 我が国民達よ! 侯爵の宣言通り全てに感謝し! ここに収穫祭の開始を告げよう!」
国王が声高らかに収穫祭の開始を告げると、会場は再び総立ちになり、わぁ! と大歓声に包まれた。持っていた帽子を投げる者や踊り出す者、会場の周りに設置されている屋台に向かう者など、一気にお祭りムードになる。
――そんな中でただ一人、本日の勝者ガヴィだけが誰よりも会場の中心で固まっていた。
(――口づけって……手かよぉぉぉぉぉ!!)
今さらながらに気がついた。いや、よく考えれば解るではないか。未婚の貴族の女性が選出されることが多い『花の乙女』が、口や顔に接吻するわけがない。何故その事に気が付かなかった。これはもう、始めからハメられていたとしか思えない。完全にヤラれた。
周りが大いに盛り上がる中、ガヴィは一人どっと疲れて脱力したのであった。
遠当て会後、弓引き達は負けた者も選ばれたというだけでヒーローに違いないわけで、お役御免となった後は、そのまま観衆と一緒になり飲めや歌えの大騒ぎになる者もいれば、自宅に帰り家族で収穫祭を祝う者もいる。
『花の乙女』は実は収穫祭での仕事は多岐にわたり、遠当て会後も色々な会場や施設に回って招待を受けたり祝福を授ける役をする。よって国王の開会宣言後、イルはすぐにゼファーに連れられて席を離れてしまい、ガヴィとは一言も会話を交わしていない。
ガヴィに絡んできたオルレア侯爵には「来年は絶対に負けないからな!!」と宣言され、ガヴィが「俺はもう二度と出ねぇよ」と返すと「な、何故出ない?! 出ろよ!」と何故か半泣きで言われた。――なんでだ。
会の後、ガヴィも例にもれなく色んな所からのお誘いを受けたが、全部断ってその場を離れた。主役が居なくなった会場は現金なもので、蜘蛛の子を散らすようにあっという間に別の会場や祭りの喧騒に消えていく。
誰もいなくなった観覧席の裏で、遠当て会の衣装のままのガヴィは疲れ切って観覧席の柱に背を預け座り込んでいた。とてもじゃないが祭りに参加しようなんて気は起きない。
(……とりあえず執務室に戻るか)
「ガヴィ!!」
重い腰を上げようとすると公爵邸の方から『花の乙女』が駆けてきた。
ガヴィを探して走り回っていたのか、はぁはぁと肩で息をしている。額に浮かぶ汗の粒を見ながら、イルの顔にかかった前髪を耳にかけてやろうとしてガヴィの手が止まった。
上気した頬、薄紅色に色づいた唇、潤んだ金の瞳。
イルが頭につけていた花冠はもうガヴィの首に下がっていて彼女の頭上にはなかったけれど。『花の乙女』はそこに確かに存在していて。
ガヴィの喉が、ゴクリと鳴った。
「よ、良かった……まだここにいて……私、すぐにいかなくちゃ行けないから」
イルはなんとか息を整えながら一気に言った。
「ガヴィ、凄く格好良かったよ!! 本当に、本当に格好良かった! 優勝するって信じてたよ!」
大好き。
そう、イルの口から言葉が紡がれて、次の瞬間にはガヴィの唇は塞がれていた。
――くらりと、甘い香りがした。
「夜にはお城に戻るからね!」と、顔を真赤にしたガヴィの『花の乙女』は、目的を果たすとあっという間に駆けて行ってしまった。
再び一人取り残された本日の勝者は、いよいよ脱力してその場にズルズルとへたり込み「……まいった……」と両手で顔を覆った。
頭上には澄んだ秋の空。
汗ばんだ体に気持ちよく風が通り抜けていく。
ガヴィは単純にも、生まれて初めて神様とやらに感謝したのだった。
❖おしまい❖
2024.9.20 了
【オマケ四コマ漫画】
https://kakuyomu.jp/users/shinonome-h/news/16818093085492630598
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❖あとがき❖
夏のお話を書いたから、秋の小噺も書きたい! 番外編ではなんだかガヴィがイケイケで、イルが完全にしてやられてしまっているので、たまにはイルがガヴィをギャフンとやる話を書きたいなぁ……、秋とはなんだ? どんなネタが有る?
紅葉狩り? きのこ狩り? うーーん、なんか違う。
収穫祭が一番しっくり来るけど、収穫祭と二人をどう料理しよう……。
あー、ガヴィの弓ネタも書きたいな……
サクッと読める4000文字くらいでイルの方からガヴィにアタックする話を書こうと思ったのに、ガヴィが弓を格好良く打っている所に力を入れたら途中からスポ根漫画みたいになってしまいました(^_^;)恋愛どこ行った?
弓の見た目の感じは一応洋風なのですが、大会のイメージは弓道寄りの雰囲気でお送りしております❤
とりあえず最後にガヴィに「まいった」って言わせたかったので満足です(笑)
イルの「大好き」って本当に大好きな感じがして、私は大好きです(*´ω`*)
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