小噺 其の九 花の乙女は誰に微笑む④


 的中した的の交換のため、弓引き達は一旦射場から降りて端で待機していると、不意にガヴィの前に並んでいる男が話しかけてきた。


「――貴殿はあの程度の腕で何故この遠当て会に参加された?」


 明らかに声色に棘が含まれていてガヴィは視線を向けた。


「あ?」

「……陛下に点数稼ぎのつもりか? ご苦労なことだな」


 あまりにも無礼な物言いのこの男には見覚えがあった。古くから王家に仕えるガヴィと同じ侯爵位の男で――確かオルレア侯爵だったか。

 国王陛下からの信頼は厚いが、急に出てきて侯爵位を拝命したガヴィの事をよく思っていないのか、城で顔を合わせると度々当たりが強かったことを思い出す。


「……」

「アヴェローグ公にも取り入っている様だが、あまり調子に乗らないことだ」


 彼と親しいゼファーによると、確か弓の名手で、去年の遠当て会で優勝したのは彼だったらしい。

 そういえば一巡目は四射当てていた、相当腕に覚えがあるのだろう。ゼファーの推薦でガヴィが急に弓引きの一人に選ばれたのが相当気に食わなかったらしい。ガヴィはとりあえず無視を決め込んだ。



 二巡目は風の勢いが強くなり、水面に浮かぶ的はゆらゆらと揺れ、当てる方が困難な状況だった。ほとんどの弓引きが風に翻弄されて的を外す中、ガヴィに難癖をつけてきたオルレア侯爵はそれでも二射を的中させた。彼の前の弓引き達は誰も当てられなかったので、二射とは言え的に当たった時は会場は大いに沸いた。

 だが、彼は満足いかなかったのだろう。自分の矢を打ち終わり、元の位置に戻ってきた時には悔しさを顔に滲ませていた。


 ガヴィの番が来た。


 風はなかなか収まらず、先ほどより的は左右上下に揺れている。ガヴィはキリキリと弦を引き、ピタリと止まってかいを保った。


 長い、長い会だった。


 まるでガヴィだけ時が止まっているのでは無いかと会場の誰もが思い始めたその時、ガヴィの手が弦を離し的のすれすれを矢が飛んでいく。


(――大した事ないじゃないか)


 オルレア侯爵はガヴィの背中を見ながら苦々しく思った。


 自分が敬愛しているアヴェローグ公爵がやけに目をかけている平民上がりの侯爵。国境付近で戦績を上げ、赤い闘神などと異名をつけられていた彼を初めはどんな人物なんだろうと興味津々だった。公爵から彼が弓も得意らしいと聞いて、一度手合わせ願えたら等とはじめは思っていたのだ。

 ――なのに、ここ一年城で見かけた彼ときたら、粗野な言動で公爵に失礼な口をきいているか、紅の一族の少女や王子殿下と戯れている姿ばかり。

 何が赤い闘神なのか、……なのに公爵も国王陛下まで彼を側に置いている。思い出したらムカムカしたものが上がってきた。

 遠当て会に出ると聞いて、いざ勝負! と勇んだが、今の所彼は六射中二中しかしていない。弓の腕も大した事が無くて落胆した。



 ガヴィの二射目、今度は弦を引いたかと思うとすぐに矢を放った。今度の矢も的の間近をすり抜けていく。


(今年の優勝も俺か)


 嬉しい筈なのに口からは溜息が出た。急に彼への興味が薄れたが、一応最後まで見るかと彼に目をやって――驚いた。


(え)


 カーン! と的を射る音が響く。


 はずすだろうと思われていた三射目の矢は、吸い込まれるように鮮やかに的を撃ち抜いていた。

 唖然としている内に四射目を構える。先ほどと同じような間合いで放った矢は、小気味よい音を響かせて再び的を撃ち抜いた。

 

 風はまだ止んでいない。


 まさか、と思う間に五射目。二巡目までの射はなんだったんだと思うほどの三射的中だった。



 三巡目の射を終え、控えの場所にガヴィが戻ってくる。オルレア侯爵は動揺を隠しながらガヴィに問うた。


「……手を抜いていたのか」


 ガヴィは片眉をわずかに上げると前を見据えたまま答えた。


「んなわけあるか。こちとら久々に弓に触ったんだ。当たんねえだろが。

 ……ま、生きてる人間や動物に当てるわけじゃねぇからな」


 暗に的に当てるだけと言われてポカンとする。二の句が告げず、呆然としているとあっという間に三巡目の出番になった。


 三巡目も完全に風が収まったわけではなかったが先程よりはマシだった。

 ただ、やはり揺れる的に翻弄され皆二中が良い所で、オルレア侯爵もかろうじて三中だった。だが、オルレア侯爵は十五射中九中。ダントツの当りだ。ガヴィは現在五中。オルレア侯爵に勝つためには残りの五射全てを当てるしかない。


 最後のガヴィが立ち上がると、先程の射を観てガヴィに期待する者、いやいやオルレア侯爵が逃げ切るだろうと予想する者で会場は大いに沸いた。

ガヴィが自分の立ち位置に足を止めると会場は静まりかえる。さあ、赤毛の侯爵は遠当て会の最後にどんな射を見せるのか? 皆が固唾を飲んだ。


 先ほどよりかは多少穏やかになった風がガヴィの赤毛と頭に巻かれた金の帯を撫でてゆく。ガヴィは弓を構えた。


 次の刹那、会場にカーン! と乾いた音が響く。観客は賛辞を贈ろうと立ち上がりかけたが歓声をあげる前に皆が静止した。ガヴィが声を上げる間も無い内に次の矢をつがえたからだ。


「え?!」


 誰もが驚く中、ガヴィは驚く速さで次々と矢を打ちはなった。

 カーン! カーン! と的中の音だけが次々と響く。


 ガヴィの放った矢は風を切り裂くように、会場が一言も発せずにいる中であっという間に五射全てを打ち切り、その全てを的に当てた。



 矢を打ち終わり、池に背を向けた瞬間、会場は総立ちで割れんばかりの歓声が巻き起こる。 

 目を見開いて唖然とするオルレア侯爵と目が合うと、ガヴィは不敵に片方の口の端を上げてのたまった。


「俺に勝とうなんざ、五百年早ぇよ」



【つづく】

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