小噺 其の九 花の乙女は誰に微笑む③


 収穫祭の開始を告げる御前試合『遠当とおあて会』はアヴェローグ公爵邸の広大な庭の一部で行われる。

 公爵家の庭には大きな池があり、選抜されたその年の五人の選手は池から九十メートルほど離れた位置より池に浮かべられた小さな的(約三十センチ)を狙い、一人五射を三巡して何射当たったかを競うのだ。

 一番多く的に当てた者は、稲穂と木の実を飾り付けた飾り矢を『花の乙女』に献上し、『花の乙女』は自分が身につけている花冠を勝者に渡し乙女からの口づけの栄誉を与えられる……という行事らしい。池の前には来賓や市民のための観客席が建てられ、大いに賑わうのだそうだ。

 ……ちなみにガヴィは今まで、収穫祭の時は遠方任務中だったため不参加だった。


(……ハメられた)


 遠当て会開始直前に舞台袖で待機しているガヴィは内心で盛大に溜息をつく。


 あの後、ノールフォールでの視察を終え、ゼファーに抗議の一つでもしてやろうと隣の執務室に乗り込んだのだが、創世記に出てくるくれないの里の一族が未だ実在していたこと、先の事件によってその唯一の姫が生き残ったことはすでに国民の知る所になってしまっている。ならばいっその事、収穫祭の『花の乙女』としてイルを前に出し、国民に知らしめてしまえば国民は大いに盛り上がり、創世記は国民に浸透しているのでイルは亡郷の姫として支持を得られるだろう。イルの人気が上がればガヴィがノールフォール領を収め、ゆくゆくはイルとガヴィが婚姻を結んだとしてもノールフォールに追いやられた侯爵だとは誰も思わないだろう。

 どうしても遠当て会に出たくなければそれはそれでいいが、……イルの口づけは君以外の他の誰かのものになるねとニッコリ微笑まれてガヴィは一番の友に殺意を覚えた。


 イル本人の意見を聞こうと腰を上げると、「ああ、あとイルは祭りまで衣装合わせや打ち合わせがあるから私の屋敷で預かるよ」とすでに連れ去られた後で。人さらいもいいところだと文句を言うと「別にイルは君の所有物じゃないだろう? 彼女は君の屋敷には居候しているだけなんだし、私の屋敷でも何ら問題はないよね?」と軽くあしらわれてしまった。


 なんとそこから今日の祭りまでの二週間、イルには会えていない。


 イルからは2日に一度手紙が来たし、王子の離宮には顔を出しているようだったがことごとく会えないように仕事の予定を入れられていた。



 ドォン、ドォンと開始の太鼓が響く。ガヴィは他の選手とともに太鼓に合わせてしずしずと立ち上がった。


 等間隔でゆっくりと射場まで足を進める。


 別に、遠当て自体が嫌なわけではなかった。

 ガヴィの父は狩猟を生業なりわいにしていたため、ガヴィも幼い頃より弓には慣れ親しんできたし、なんなら実は剣よりも手にした年齢は早い。生きて動く獲物を狙うならともかく、的を射るだけの遠当てでその辺の奴に負ける気はしない。

 ただ、収穫祭の御前試合であるこの遠当て会は儀式の意味合いが強く、出場者は揃いの赤い衣装に身を包み、決まった所作が求められる。飾り付けられて衆人観衆の中、見世物に近いこの祭事は、型にはまったことが苦手なガヴィにとっては最も遠慮したい行事だった。


 射場に向かう際にチラリと来賓席の方を見たが、国王一家や『花の乙女』の席は観覧席の中でも薄い布で囲われており、ガヴィの場所からはよく見ることは出来なかった。

 

 周りに悟られないように小さく嘆息する。


 初めは騒がしいと思っていたのに、すっかりあの少女が側にいるのが当たり前になってしまった。こんなにも会っていないとなんだか調子が狂う。



 池の前の射場に着くと、五人の弓引き達は間を空けて横一列に並んだ。先頭の弓引き以外は片膝をついて待機する。秋の紅葉を表した赤地の生地に金の稲穂の刺繍があしらわれている衣装を身にまとい、五人の弓引き達はキラキラと照り返す水面の輝きをうけて大変絵になった。観客からは感嘆の声が上がる。


 ドォンと再び太鼓が鳴って、最初の弓引きが弓を構えた。

 先程までの歓声は一気に鳴りを潜め、しんと静寂が支配する。ヒュンと空気が震える音がして、次の瞬間にはカーン! と矢が的を射た。わぁっと再び歓声が上がる。

 的は池の上にゆらゆらと揺れているので、なかなか五射的中てきちゅうとはいかない。最初の弓引きは三射当てて二射外した。その後も二射的中が続き、四番目の弓引きは四射当てた。



 五人目はガヴィの番である。


 ガヴィは静かに弓を構えると、他の弓引き達よりも長くかいを保っていた。放たれた矢は的を通り越し水面に消えていく。観客からはあぁ~と落胆の声が上がった。ガヴィは一巡目を五射中二中で終えた。


 二巡目の準備中、来賓席では『花の乙女』に扮したイルがハラハラと射場のガヴィを見守っていた。

「ガヴィ、調子悪いのかな? ……でも大丈夫だよねっ?」

 彼が弓を射るところなど今まで見た事もないのに、ガヴィが負けるはずがないと思っているイルにゼファーは薄く笑った。

「でもガヴィ格好いいよねっ! あの赤い衣装、物語に出てくる英雄みたい!」

 シュトラエル王子が頬を紅潮させて興奮している。

「うん……!」

 実際本当に物語に出てくる英雄なのだが、イルも王子に同調してガヴィを見つめた。

 あんなにやりたくないと言っていたから、まさかガヴィがこの役を引き受けるとは思っていなかった。ガヴィの今後の立場を確固たるものにするためにも協力して欲しいとゼファーに頼まれてイルも乙女役を引き受けたが、イルにとってもその申し出は有り難いことだった。


 あれよあれよという間にガヴィとノールフォールに戻ることが決まったが、想いが通じ合ったからと言って今までと何が変わるわけでもない。九つという二人の年齢差が縮まることもないし、イルからガヴィに何かあげられるわけでもない。

 ガヴィはそのままの自分でいいと言ってくれるけれど、やせっぽっちで女の子らしい見た目でもないイルは少しでもガヴィに今までと違う自分を見せたかった。

 いつもガヴィにばかりドキドキとさせられている。


 自分だって、ガヴィをドキドキさせてみたい。



 普段なら絶対に着ない派手な衣装を着て、ガヴィが観衆の前に立っている。


 いつものクセの強めの赤い髪を後ろに流し、金糸の長い布が頭に巻かれて風に揺れていた。衣装も髪の毛も赤いので、ガヴィだけまるで燃え立つ炎の化身のようだ。

 足を肩幅に広げて大地を踏みしめ弓を静かに構える様は、いつものガヴィとは印象がまるで違ってイルの胸を跳ねさせた。

 別に絶対に優勝して欲しいと言うわけではない。けれど、せっかく『花の乙女』の役をいただいたのだから、どうせなら自分がガヴィに栄誉を与える役をやりたい。きっとガヴィもそう思って、あんなに嫌がっていた役を引き受けてくれたのだから。


(頑張って)


 イルは両手を胸に当て祈った。



【つづく】

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