小噺 其の九 花の乙女は誰に微笑む②


 ノールフォールに拠点を移すことに決めたガヴィであったが、ノールフォールにはまだ生活が出来る屋敷はない。あちらに移って隠居生活……という訳にもいかず、今までやってこなかった国境の警備と監視という業務を継続的にこなす事になる。本格的に移住する前にある程度知識も入れておかねばならない。

 今までやっていた国王勅命の単独任務は一旦休止して、ガヴィは業務の多くをノールフォールの情報収集と視察に割いていた。今日も今からガヴィがの力を借りてノールフォールに足を運ぶ予定である。

 

 王都とアルカーナ最北の地ノールフォールを繋げてくれるのは王家専属の魔法使いセルヴォ・マーガ。彼の移動魔法が無ければ、馬を使っても往復半月はかかってしまう距離があるので彼の協力は必要不可欠だ。必要不可欠なのだが……。

 ガヴィはマーガと待ち合わせている転移の間に向かいながら溜息をついた。


「おやおや、溜息をつくと幸せが逃げていってしまいますよ」

 転移の間に着く前に後ろから声が掛けられる。ガヴィは天を仰ぎたくなった。

「……俺の幸せは今この瞬間に全部飛んでいっちまったよォ」

 ボヤくガヴィをものともせず、マーガはそれは大変だと笑った。

 向かう先も目的も同じ二人は並んで歩く。ガヴィの苦手意識などどこ吹く風でマーガは気さくに話しかけてくる。

「そう言えば収穫祭の遠当て会に参加されるんですって? 今をときめくご両人揃っての参加となれば今年の遠当て会はさぞかし盛り上がるでしょうねえ」

「……俺は出ねえぞ」

 些かうんざりしながら答えて、ん? と何かが引っかかった。


「え? 出ないんですか?」

「ご両人ってどういうことだ?」


 同時に言って二人で顔を見合わせる。


「え?、……遠当て会に出るんでしょう? イル殿が今年の『花の乙女』役になったと聞きましたが」

「はあ?!」


 そんな事は初耳だ。困惑しているガヴィにマーガが驚く。

「ご存じなかったんですか? 私はゼファー殿から聞きましたから間違いないと思うのですが」


 やられた。


 陛下と二人揃ってわざわざ打診してきたのに、ゼファーにしてはやけに引き際がいい気がしたのだ。

 敵を落とすならまずは身内から。イルを舞台に担ぎ上げればガヴィも参加すると踏んだのだろう。イルも遠当て会を見たいと言っていたし、イルを使って説得するつもりなのかもしれない。


「あのやろぉ……」


 外堀から埋めて来やがった、と悪態をついたが、これですんなり言うことを聞くのもしゃくに障る。


 『花の乙女』とは未婚の女性から選ばれる。

 大体が身分の高い貴族の令嬢で、御前試合の優勝者に褒美を手渡す役目の女性だ。だが、イルが『花の乙女』として御前試合に参加するとしても、ガヴィには何の関係もない。無視を決め込めばいいだけの話だ。


「俺は出ないからな」

 マーガは苦虫を噛み潰したような顔で呟いたガヴィに目を丸くして言った。

「……いいんですか?」

 信じられない、と言うような言い方のマーガにイライラとしながら答える。

「なんでだよっ?」


 マーガは少し戸惑った声色でガヴィに告げた。


「遠当て会の一番の褒美は、『花の乙女』からの口づけを貰える栄誉ですが……よろしいのですか?」


 ガヴィはピシリと固まった。



【つづく】

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