小噺 其の九 花の乙女は誰に微笑む①
「イヤです」
夏の日差しも和らぎ空気が少し澄み始めたような頃、アルカーナ王国国王の執務室で恐れ多くも不躾な態度で国王の願いを断る男がいた。
しかし、断る男の態度もあれではあるが、そんな彼の態度には慣れっこな国王は最初に浮かべた笑みのまま一切表情を崩さず、再び自分の右腕とも言える赤毛の侯爵にお願いをした。
「そう言うとは思っていたけれどね、これは祭りの花形行事だし、君がやってくれればもりあが――」
「イ・ヤ・です」
不敬にも国王が話している途中で話を遮り、国王の後ろで控えていたアヴェローグ公爵は微かに片眉をあげた。
「――ガヴィ」
国王によく似た面差しで、こちらも笑みを崩さぬままガヴィを
「……去年までは自分が出ていたわけではないですし、今さら自分が出なくてもよくないですか。俺は人の見世物にされるのは好かないです」
少々不貞腐れた態度でそっぽを向く。その子どもっぽい態度に国王は苦笑いし、ゼファーは静かに青筋を浮かべた。ゼファーの笑顔が不穏なものになってきたのを素早く察知して、ガヴィは「そ、そういうわけですから、俺は断りましたからねっ」と口早に言うとすたこらさっさと……文字通りすたこらさっさと足早に国王の執務室を去ったのであった。
「ええーーっ! ガヴィ、断っちゃったのぉ?!」
自分の執務室に戻ると、事の経緯を聞いた自分の相棒にこれまた非難される。
「うるせぇなぁ……やったって、俺に何の得もねえんだよっ」
「それはそうかも知れないけど……でも、祭事用の格好いい衣装を着て矢を射るんでしょう? 見てみたかったなぁ~」
ちぇ~残念~、とイルが呟くのを聞いてガヴィは
城に植えられた広葉樹が少しずつ色づき始めた頃、アルカーナ王国の王宮では市民の収穫祭に合わせてちょっとした年中行事がある。
選抜された腕自慢の貴族や兵士が、獲物に見立てた的を弓矢で射て、的中の数を競う御前試合『
国を上げての創世祭と違い、収穫祭は市民規模で祭りが行われるが、祭りの開始を告げ、収穫祭関連で唯一国王主催で行われるのがこの行事であり、会場になるアヴェローグ公爵の屋敷の庭には見物用の観覧席が組まれ、毎年貴族や市民の見物客で大いに賑わう。優勝した者には、こちらも毎年選抜される『花の乙女』より、その年採れた作物や褒美がもらえる栄誉が与えられる。アルカーナ王国の行事の中でも市民一体となって盛り上がる花形行事なのだ。
その行事にガヴィの名前が上がったと聞いて、イルは楽しみにしていたのだが……。
「物もいらねえし、名誉もいらねえよ。そんなもんは欲しい奴にやっときゃいいだろうが。ただでさえ成り上がりだってやっかむ奴もいるんだから、……俺は極力目立ちたくねえの!」
ガヴィの言いたい事もよく解るが、恋仲の相手の晴れ姿は見てみたいものだ。
ただ、彼がこう言っている時はまずやらないという事をイルはよく知っていたので、残念に思いながらもそれ以上言及はしなかった。
さて、その頃国王の執務室では、お茶を飲みながらエヴァンクール国王その人と銀の髪の公爵ゼファーが頭を悩ませていた。
「……まあ、ガヴィがすんなり首を立てに振るとは思ってはいなかったけどねえ」
あんなににべも無く断られるとはね、と苦笑いする。
「王命だと言えばやるでしょうが……選抜とは言え国王個人の力が働いたとなれば他の貴族達からはいい顔をされないでしょうしね」
国王がガヴィを個人的に指名したとなれば贔屓していると思われても仕方がない。実際に平民上がりの侯爵でありながら国王がかなり信頼を寄せているのは自他共に認めるところだ。
「まあね。……とは言え、彼がノールフォール領に移住する前に、彼に信頼を置いているからこそノールフォール領を与えたのだと言う事を印象づけたいのだよ」
この度ガヴィ・レイ侯爵は今までの働きの褒美に、フォルクス伯爵の謀反で中に浮いていたノールフォール領を受領する事になっている。
ノールフォール領は北の国境の要であり、重要な地であるだけに信頼の置ける者にしか任せられない。しかし、土地がアルカーナ王国の最北端であることも関係して、見ようによっては体の良い左遷に見えなくもない。その様な意図が国王に全く無くとも、実際フォルクス伯爵はその様に感じていたに違いなかった。
国王は、ガヴィに信頼を置き、彼だからこそノールフォールを任せるのだと内外に知らしめる為にも収穫祭の御前試合で彼を表舞台に立たせようと思っていた。
……本来なら伝説の創世の剣士の一人なのだ。本人の意向もあってそれは周知できないが、創世記は未だに国内では絶大な人気がある。ガヴィが活躍する事は、初代国王アルフォンスへの供養にもなるだろう。
「さて、どうしたものかねぇ」
国王のつぶやきは紅茶の湯気と一緒に浮かんで消えていった。
国王の執務室を出たゼファーはもう一度ガヴィと話をするべきかとその美しい顔を物憂げな顔で思案しながら回廊を歩いていた。あの様子だと彼を説得するのは骨が折れるだろう。だがしかし、ちゃんと国王の思惑を説明すれば話がわからない男ではない。――多分。
このまま彼の執務室に向かうか――と回廊の角を曲がった。
「あ! ゼファー様!」
こんにちは! 陛下の所でお仕事ですか? と元気な声が飛んでくる。顔を上げるとそこにいたのは
ニコニコと笑うイルの顔を見て、ゼファーははっと
「イル、貴女にお願いがあるのですが――」
【つづく】
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