小噺 其の二十 神様の贈り物


 微かに赤子の泣き声が聞こえる。


ああ、もう既にイルには母の仕事が始まっているのだなと思うと、愛しい気持ちと休み無く続く今後の子育てを思い、頑張れと心のなかで小さく声援を送った。


 今朝、夜明けとともに生まれた新しい命は、ノールフォールのこの地に新しい風を運んでくるだろう。喜びと皆の笑顔に包まれた一日は、当事者でないゼファーの心にも幸せと感じられる一日だった。



「――寝られぬのか」


 気づけば、後ろに美しい人が立っていた。


「……ええ、なんだか胸が一杯で。

 あの子が母になる日が来るなんて……。赤子とはあのように愛しいものなのですね。イルの子だからでしょうか」


 いつもは手厳しい黄昏だが、今日ばかりはゼファーと同じ気持ちだったのだろう。無言でゼファーと同じ月を眺めた。


「あんなに愛らしく、美しいものがこの世にはあるのだと思うと、自分が今までこだわってきたことが馬鹿みたいに思えてきました」

本当にイルには毎回驚かされます、と柔らかく笑う。月明かりに照らされて、ゼファーの銀髪が淡く輝くように煌めいた。


「……そうだな。

 まぁ、そなたもそんなに自分を卑下することはない。私は長く生きておるが、人で美しいと思えたのはそなただけだったな。せっかくの美貌だ、神からの贈り物だとでも思っておけば良い」

 

 そう言って上がった口の端を見て、ゼファーは二度ほど瞬きをした後に顔を赤らめた。


「……何を今さら照れておるのだ。そなた、その容姿で今まで嫌と言うほど褒められておろうに」


 この銀の髪の公爵が、人ながら喰えない男だということはよく知っている。まるで初な青年の様な反応をするゼファーに黄昏は少々呆れて言った。


「……ただ、言葉をいただくのと、振り向いて欲しい方に言われるのは違います」


 暫し沈黙のあと、少々紅潮している顔を片手で隠しながら拗ねた口調が返ってくる。


 黄昏は目を瞬いた。


「……そなた、可愛い所もあるのだな」

「私をなんだと思っていらっしゃるのですか」


 いよいよ不貞腐れた口調に、黄昏は声をあげて笑った。



 夜風が、ゼファーの銀の髪と黄昏の黒髪を掬って行った。ゼファーの髪は闇に浮かんで、黄昏の髪は闇に溶けた。


「そなたは……闇に浮かぶ月の様だな」


 深淵の闇空に淡く静かに光る満月を見上げる。


「知っているか? 遥か昔、この世界が出来た頃、夜は深遠の闇だったそうだ。だがこの世界を創造した者が、夜に闇しかなければ生き物達は心細かろうと太陽の光をわけたらしい」


 だから、月の光は元は太陽と同じなのだ。


 そう言って焦がれるように月を見上げた。


「……太陽の子を生んだ貴女の言葉なら説得力がありますね」


 ゼファーの言葉に自戒を孕んだ声が返ってくる。


「……イルの父、イズもきっと私と同じ性質だった。夜の中に留まることを選んだ。イルはきっと、そんな我らの間に生まれた希望の光だったのだな」


 なのに寂しい思いをさせて、可哀想な事をした。


 人離れしたその美しい顔を少し歪ませて、黄昏は目を伏せた。



「貴女が夜の闇なら……私は貴女を照らせますか?」


 それは決して大きな声ではなかったけれど、黄昏はまじまじとゼファーを見た。


「私が月だと言うのなら、私は夜の闇の中にいる貴女に寄り添い照らす月になりましょう。

夜の闇の中でしか光り輝けぬ月だと、そう言って下さいますなら……私は貴女と共にある為に居るのだと……そう、思っても良いでしょうか」


 そこに、月の光を受けて銀に輝く一人の男がいた。



 黄昏と違い、彼はただの脆弱な人間だ。


 人の中ではもう成熟していると言えるかもしれないが、長い時を経て来た黄昏にはまだまだひよっ子と言っても差し支えない。人と、対等に並ぶなど、出来るはずもない。


 だが、人並み外れたその銀に輝く青年は、イズとはまた違う光を放って黄昏の心を揺さぶった。


「……そなたと、同じ時は生きられぬ」


 もう、過ちはおかさぬように、大切に想う者を傷つけぬように、言葉を紡ぐ。


 ……情けない事に、少し声が掠れた。


 人の中で暮らし、元はただの黒狼であった頃の己が消し去れぬのか。黄昏は舌打ちしたい気持ちになった。


 なのに目の前の男は笑みを深くすると、より熱を孕んだ目で黄昏を見つめてくる。


「――私は確実に貴女より先に死にます。

 

 今まで、この顔や身分は陛下をお支えする為だけの道具でした。

 道具でない……私自身の大切な人の為にそれらは足枷にはなっても得になることなどないと思っていました」


 一歩一歩、ゼファーが近づいてくる。

 いよいよ黄昏の前まで辿り着いたゼファーは焦がれるように黄昏の手を取ると、翡翠色の瞳で黄昏を捕らえた。


「貴女の生涯を終えるまで共に生きていこうとは私には言えません。けれど、貴女の側に貴女を愛し慈しんでくれる家族や子孫を残してさしあげることは出来る」


 月明かりに照らされて、彼の瞳が、人には手に入れられぬ深淵の森に隠された宝石の様に煌めいている。


「…この顔はお嫌いですか。貴女と私なら、絶対に貴女好みの子孫を残せると思うのですが」


 私の遺伝子が絶えるのは勿体ないのでしょう?


 そう、いつか黄昏が言った台詞を返す。


 その微笑みはこの世のものと思えぬほど美しかった。



 この男、血を繋いでいく気がないと言っていなかったか。

人の分際で、精獣である黄昏を娶ると言う。なんと傲慢で不遜なのだ。


 ……しかし、人ではない黄昏さえも確かに美しいと思えるそのかんばせと、あんなに頑なだったこの男の人生感を変えたのは自分かと思うと背筋が震えた。


「……私の生涯に耐えうる程子孫を残すのは、相当な努力が必要だぞ」


 黄昏の返事に、ゼファーはそれはそれは美しい顔で再び微笑んだ。


「おまかせ下さい。私がいなくなっても悲しむ暇など無いくらい家族で一杯にして差し上げます」



 夜の闇が深いからこそ、月は美しくそこで光輝いている。

太陽の日では無いはずなのに、月の満ちた光に温められることがあるのだと、黄昏はこの夜初めて知った。


2024.7.9 了


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❖あとがき❖


 セリフの一部と構想は去年の時点ですでにできていたのですが、明確に映像が降りてきたのが今日でした(笑)部屋の掃除をする筈がー。


 大人(?)カップルの彼らは、もうずっと勝手にラブラブしてて下さいな、という感じです(笑)

この二人って気がついたらお互いの顔を褒めあってるよなーと書きながら気がつく(笑)

画にすると一番絵画みたいになる二人です(*´ω`*)


 この二人がくっつくと、一番喜ぶのはイルで、一番嫌がるのはガヴィでしょうねえ……。

天国と地獄みたいな反応が見られそうです(笑)

まあ、お義父さんとお義母さんが彼らだと思うと……ねえ?(笑)


 ゼファーさんは引退後、ノールフォールに移住して晩年を過ごすはずです。お子さんは一ダースの勢いでこさえる予定(笑)


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