小噺 其の四 独占欲④

 警備中のガヴィに会った後、会場の入口までガヴィに送ってもらいイルは会場に戻った。

晩餐会は終盤に差し掛かっており、楽隊が軽快に音楽を奏でダンスを披露する者もいた。

以前舞踏会で踊らなかったイルは国王に指名されてなんと皆の前で踊る事になってしまったが、同伴したゼファーがリードしてくれたのでなんとか一曲を踊り切ることができた。

それを見たヒューバートに「では俺とも」と誘われて二曲目は彼と踊る事になってしまった。

 イルは二人の足を踏まないように、足先に全神経を一生分使ったとのちに語った。

 おかげで喜ばしい事に恥はかかなかったが、普段使わない筋肉を使ったせいで次の日の足元は大変怪しいものになってしまった。



(……いったぁ)

 朝寝台から降りた時には歩きはじめの赤子の様であったので、午前は部屋でゆっくり過ごしていた。

とは言え、筋肉痛はじっとしていれば治るというものではない。イルは昼食をとったあと、意を決して部屋を出た。

 そろりそろりと部屋から出たところで、授業を終えたらしいヒューバートと出くわした。

「やあイル!」

 ヒューバートはぱっと笑顔になり駆け寄ってくる。

「こんにちは、ヒュー」

 両足に神経を注ぎながらイルもニコッと笑う。

「昨日は有難う。凄く楽しかったよ。……どうしたんだい?」

 何故か壁伝いに歩くイルを不思議そうに見る。

イルは恥ずかしながら、しかしこの状況で隠しても仕方がないので素直にヒューバートに経緯を答えた。

「実は昨日のダンスで筋肉痛なの」

 ヒューバートは目を瞬かせた。

「えぇ? あんなに上手に踊ってたのに?」

 本物の王子様にそう思われたのだとしたら光栄だ。しかしこの体たらく、イルは苦笑いするしかなかった。

この調子では散歩はいいがシュトラエル王子の相手は今日は無理かもしれない。

「どこに行くの? 付き添おうか?」

 ヒューバートがさり気なく手を差し出す。王子様に介添えを頼むなどとんでもないとイルは首を横に振る。

「いいよいいよ! 自分で歩けるし!」

 そう言って足を前に踏み出したが言葉とは裏腹にイルの足は着いてこず、思いっきり前につんのめった。

「きゃあ!」

「おっと!」

 倒れかけたイルを片手で支え抱きとめる。

「……大人しく俺の手に捕まっていった方がいいと思うよオヒメサマ」

 笑いを隠せずヒューバートは芝居がかった様子でイルに再度提案した。

「お、オネガイシマス……」

 イルは真っ赤になリンゴのようになりながらこれ以上醜態しゅうたいさらさないようにヒューバートの提案を受け入れたのだった。



 国王と仕事の話で宮殿に来ていた魔法使いマーガとガヴィは打ち合わせ後、マーガがガヴィにいつもの如く話をせがみ、ガヴィはうんざりしながらもどうせ宮殿に来たならイルの顔でも見ていくかとイルの部屋に向かった。

廊下の角を曲がろうとしたところでイルの声が聞こえたので何気なく視線をそちらの方にやり――動きを止めた。


「……えぇ……っと。……レイ侯爵?」

 ガヴィに着いてきて彼と同じタイミングで同じものを見たマーガは恐る恐るガヴィと彼の視線の先の二人を交互に見る。

 部屋の前には隣国の王子と抱き合い、頬を真っ赤に染めた金の瞳の少女。

「……用事思い出した。話は今度な」

 赤毛の侯爵は顔色を変えずにくるりと向きを変えるとイルに声をかけることなく宮殿を後にした。

「……」

 マーガはなんとも言えぬ顔でその後姿を見送ると「これは一波乱ありますかね……?」と呟いた。



*****  *****



「はぁ……」

 溜息が十回を超えた頃から数える事はやめた。今日何度目とも分からぬ溜息を聞くのもそろそろ限界だ。これはいよいよ理由を訊ねた方がいいだろうと、国一番の魔法使いマーガは控えめに溜息の主に声を掛けた。

「……どうかしました?」


 凄いですよ、溜息の数。


 そう指摘された本人は自覚がなかったらしく「え?! 私そんなに溜息ついてた?!」と驚いた。

 シュトラエル王子の歴史の勉強を担っているマーガだが、最近は王子と一緒にイルも勉強会に参加している。

イルは国の歴史も勉強出来るし、王子のモチベーションも上がり、マーガは勉強の合間にイルから紅の民の事も聞けて一石三鳥である。

 しかし今日のイルはマーガの授業もうわの空。

 ……理由は、まあ聞かなくても何となくお察しではあるが、ちょうど王子もお手洗いに席を立っている事だし、ここはきちんと訊ねるのが筋であろう。

「……何かあったわけじゃないんだけどね。こんなにガヴィと離れてた事ないからさ」

 現在赤毛の侯爵ことガヴィ・レイは久しぶりに南方の地に長期出張中である。

 出張先は南側の国境近くにある街で、商人と役人の間で揉めたらしく、渦中の商人のリーダーに当たる人物がガヴィの知り合いだった為、仲裁役としてガヴィに白羽の矢がたったのだ。

 残念ながらマーガはその地には足を運んだ事がなく、魔法陣を使った移動も途中までしか出来ずほぼ陸路での移動となり今日に至る。

 ガヴィの出張予定は二週間。現在彼が出発してから十日が経過していた。

 ガヴィと出会ってから、ほぼ行動を共にしていたイルはこんなに彼と離れていたことはない。

ガヴィが不在の間は城に滞在させてもらっている為、暇を持て余しているわけではないのだが、やはりなんだか落ち着かないのは否めない。

「それにね、お仕事に行く前もバタバタしてて、全然喋れなかったからさ……ちょっと寂しいかな〜って」

 ガヴィが出張に行く前と言えば思い浮かぶのは、イルとヒューバート王子が抱擁しあっているのを目撃してしまった事だ。

あのガヴィがそんな事で動揺するとも思えないが、イルとヒューバート王子、年の近い二人はある意味お似合いだ。

留学中とは言え、クリュスランツェの第三王子が勉学だけではなく伴侶探しの為に来国したのは皆暗黙の了解である。

そんな王子と自分の恋仲の女性が廊下で抱き合っていればガヴィとていい気はしないだろう。

「あの、レイ侯爵から連絡は?」

 探るような言い方になってしまったが、イルは気がついていないようでガヴィに対する不満を隠そうともせず返答した。

「お手紙書くねって言ったら『手紙がつく頃にはオレは帰路の道中だからいい。大人しく待ってろ』って言われたんだよ」

 冷たくない?! と頬を膨らませるイルの表情からは、プリプリと怒っていながらも、ガヴィへの思慕があるからこその怒りが感じられた。彼女の心変わりはなさそうではあるが、彼の態度がいつも通りの態度か拗ねているのか判断つきかねる微妙な所で、マーガは増々複雑な心境になるのだった。



「……で、貴方が気をもんでいても仕方ないでしょう」

「いや、まあそうなのですが」

 イルのもう一人の保護者とも言える銀の髪の公爵の執務室で、答えの出ない会話を繰り返す。

「なんというか、微妙な場面を目撃した挙げ句、その後の経過が解らないままなので気になってしまって」

 元々物事をはっきりとさせたい質のせいもある。ガヴィとはそこまで親しい仲ではない(なんなら多分嫌がられている)が、個人的には彼とイルにはうまくいって欲しいと願っている一人なので拗れてしまうのは本意ではない。

仲違いをした時は距離を取って冷静になるのも一つの方法ではあるが、大概はすぐに意思疎通をして話し合ったほうが良いと思うのがマーガの持論だ。

そもそも二人は仲違いをしたわけではないし、ただただ余計なお世話なのだが、絶妙にすれ違っている気がする。

「……やきもきする機会があるのなら多少すればいいんですよ、ガヴィは」

イルからしたらあっという間におじさんだと思われても仕方ない年齢差ですし、ちゃんとしないと捨てられるのは彼の方ですからね。とゼファーは仕事の手を止めずに中々辛辣に言う。

 傍目から見ても最早すっかり妹分としてイルを可愛がっているゼファーはガヴィに辛口だ。

ゼファーの言うことも分からなくないが、マーガには少々心配なことがあった。

「……私、思うのですが」

「はい?」

 ゼファーはマーガの突然の問いかけに書類から顔をあげると不思議そうに反応する。

「……レイ侯爵は恋愛経験あるんですかね?」

 ゼファーは二十歳を遠に過ぎた成人男性を指して何をと反論しかけたが、マーガが何を言いたいのか察して口を噤んだ。

「あれでしょう? レイ侯爵、幼馴染の女性をずっと好きだったわけですよね。

 我々はすっかり彼を五百年と二十三年分の人生経験をお持ちの人物だと思いがちですが、こちらの世界で目覚めたのが四年前……十九からそういうお相手がいなかったとなると、ある意味純粋な恋愛対象のお付き合いはイル殿が初めてでは?」

 子ども時代から一緒に成長してきた幼馴染への恋心は成就されていないし、彼と知り合ってからこの数年、女の影があった事はゼファーが知る限り……ない。


「………」

 ゼファーはなんとも言えない複雑な顔をした。

「……まあ、イル殿に比べたら九つも年上なわけですから、大丈夫でしょうが」

 大人ですし、と付け加えるマーガに、大人……? と言う台詞が喉まで出かかったゼファーだった。


【つづく】

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