小噺 其の七 時に、正論は人を追い詰める

 アルカーナ王国は約五百年前より、建国王アルフォンスとくれないの民の女魔法使い、幼馴染の剣士の物語、『創世記』より始まった緑と富に溢れた国である。


 現アルカーナ王国国王 エヴァンクールには、御年六歳(もうすぐ七歳)になる王子殿下がおられる。


 第一王位継承者であるシュトラエル王子殿下は、温厚で聡明な賢王と名高い父と、国母に相応しい慈愛に満ちた母、そして父である国王の信頼が厚い侍従達に見守られ、それはそれは純粋で心優しい王子様にお育ちになられた。


 シュトラエル王子は父であるエヴァンクール国王をとても尊敬しており、日々、帝王学を学び、父君の言葉に耳を傾け、いつかは父君のような賢王に自分もなりたいと胸を膨らませておいでだ。



 父上によく似た面差しと、母上の黒曜石こくようせきを思わせる瞳を受け継いだシュトラエル王子の最近のお気に入りは、風変わりな経歴の持ち主の赤毛の剣士ガヴィと黒狼に変化へんげできるくれないの民の娘イル。


 今日も今日とて三人は、薔薇の庭園の東屋で午後のお茶の時間を楽しんでいた。


 いつもはイルしか午後のお茶には来ないことが多いが、赤毛の剣士は今日は王子の父であるエヴァンクールに仕事の話で呼ばれていたらしい。仕事終わりに彼をお茶に誘った所、快く承諾してくれた。

 

 母、アグノーラご自慢の薔薇園の薔薇を使ったお茶をいただきながら、いつものようにイルがその金の瞳をキラキラさせながらおしゃべりに花を咲かせる。


「でね! このあいだリズをね、お茶会に招待したんだよ!」


 リズというのはイルが城で使っている貴賓室の侍女の名前だ。

イルとは年も近く、彼女はその侍女のことを姉のように慕っている。その侍女を、イルがもてなしたらしい。


「リズにはいっつもお世話になっているし、とっても美味しいお茶を淹れてくれるの。だから私もなにかお礼がしたくてね、お茶会をしたらどうかなって思ったんだ!」

 イルは彼女に内緒で計画を立て、焼き菓子を焼いて、懇意にしている銀の髪の公爵に美味しいと評判の紅茶の茶葉を分けてもらい、秘密のお茶会を決行したのだ。

 その日はリズに感謝を示そうと、リズを椅子に座らせ、いつもリズがしてくれるように焼き菓子を並べてイルがお茶を淹れたらしい。


 リズは部屋の主であるイルにそんな事はさせられないと大変恐縮していたようだが、「リズの淹れてくれるお茶がいつもすっごく美味しいから、私もリズにお返しがしたいんだ」とニコニコ笑うイルに最後は泣いて喜んだ。

 

喜んでくれて良かったぁと頬を紅潮させるイルを見てシュトラエル王子も嬉しくなる。イルの笑顔はいつ見ても可愛い。

良かったねぇと声に出そうと思ったところに、今まで黙って話を聞いていたガヴィが口を挟んだ。


「お前さぁ、それ、お前は自己満足でいいかも知れないけどよ、もう少し考えてからやったほうが良かったんじゃねえの」


 イルはえ? と首を傾げた。

「……お前が感謝の気持ちを伝えたかったのはわかるけどよ、侍女にしてみれば自分がやるべき仕事をあるじにされた日にゃ立つ瀬がねえだろ。地方貴族の召使いならいざ知らず、王宮の侍女だぞ? 仕事にプライドも持ってるだろうし、彼奴等の仕事のお株を奪うのはどうかと俺は思うぜ」

 ガヴィの言葉にイルの唇が前に出る。

「でもでも! リズはちゃんと有難うございますって喜んでくれたよ?!」

「ばぁか。主にそんな事されたら本音がどうだとしても、それしか言いようがねぇだろうが」

 ド正論で返されていよいよイルの頬が膨れた。

「……ガヴィにはもう絶対に焼き菓子作ってあげない……」

「はぁ?」

 ……なんでそうなるんだよ、と呆れた口調で返すガヴィをイルは涙目でキッと睨んだ。

「もう! ガヴィのバカ! いーーっだ!」

 べーっと舌を出して席を立つ。シュトラエル王子にごめんねっと一言言うと、イルは飲みかけのお茶を一気にぐいっと飲み干して、肩をプンプンさせながら去っていった。



 東屋に残されたシュトラエル王子とガヴィは唖然とイルの去っていった方向を見つめる。

「……なんだぁ、あいつ」

なぁ? と片眉を落としながら王子に目線で同意を求めてガヴィは自分のお茶を口にした。



 とある事件で自分を助けてくれたイルのことはもちろん大好きであるが、剣の腕もたち、遊びにも付き合ってくれるこの赤毛の侯爵のことも王子は大好きだ。

 彼は口は悪いが、初めて彼の肩に乗せてもらった時は生まれてこの方こんなにワクワクしたことはないと言うくらいに楽しかったし、拾った木から器用に虫の形を彫り出した時には本当に尊敬の念を覚えた。


 シュトラエル王子には彼はいつも優しかったし、お城の座学では絶対に教えてくれないことを色々教えてくれる(「余計なことを教えないでください!」と侍従に怒られたりもしているが)

 シュトラエル王子にとってガヴィは憧れであり、本当に信頼できる臣下なのだ。


 王子は齢六歳。大抵のことにおいて彼にかなうはずもない。これからも教えを請わなくてはいけないことだらけである。


 だがしかし、王子の目標は賢王と名高い父。いつかは父のように優しく、それでいて皆を導けるような大人にならねばならない。

自分がガヴィに教えられる事などあまり無いが、いつかはガヴィの事も自分が導かねばならぬのだ。

彼は決して空気が読めないわけではないのに、とかくイルのことになると扱いが下手糞になる。しかし、王子はイルに悲しい顔をさせたことはないし、イルに何を言ったら喜んでもらえるかは熟知している。


 言わねばならない、今ここで。 良き王となるために!


 シュトラエル王子は使命感に燃え、ガヴィの袖をちょいちょいと引っ張ると「あのね? ガヴィ」と父のようにニコっと笑顔を作った。


「女の子にせーろんを言うのはぶすいな男のする事なんだよ?」


 王子の言葉にガヴィは盛大にむせた。


 ゲホゲホとまだ落ち着かない息の下でまじまじと王子を見る。

「お、王子?」

 シュトラエルはその黒曜石のような瞳をキラキラとさせながら、小首をかしげて純粋な目でガヴィを見上げた。


「この場合のせいかいはね?『イルは優しいね。そんなイルがおれは大好きだよ』って言うんだよ?」


わかった? と曇りなき眼で王子にいわれ、ガヴィは息をなんとか整えながら、「ご、御教示どうもォ……」と返すので精一杯だった。


 王子はガヴィに物を教えられたのが大変誇らしく、嬉しかったので、もう一つ大好きな赤毛の侯爵の助けになればと思って手を差し伸べた。


「イルに謝りにいこう? だいじょうぶ! イルは優しいからゆるしてくれるよ! ……それに、イルがもう焼き菓子を焼いてくれないと困るでしょう? イル、ガヴィの好きなナッツのクッキー、食べてもらうんだってはりきってたんだよ!」


大人なんだから謝れるよ、とか、好きな子に意地悪しちゃうのは子どもなんだって父上が言っていたよとニコニコと無邪気に語る言葉の刃を一つ残らずその身に受けたガヴィは、


「解った……王子、わかったから。全面的に俺が悪かったから」


 ユルシテクダサイ。本当に。


 そう呟いてがっくりと頭を垂れるガヴィを見て、シュトラエル王子はすぐに謝れるガヴィは大人だなぁと感心したのでありました。


2024.3.7 了

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❖あとがき❖


 えーと(笑)シュトラエル王子は本当にお父上の事を尊敬しているのです。日々、父君の行動を観察し勉強に励まれています。


そんな可愛い王子を書きたかっただけのお話(笑)


 きっとこの後、王子と一緒に謝りにイルを探したら、銀の髪のあの方と一緒にいたりして、「王子はちゃんとよく考えてから発言されていて素晴らしいですね」とか「二十歳をこえた大人でもそれをできない者もいますから」とか、笑顔でガヴィが蜂の巣にされる未来しか見えない(笑)

 そして、あまりに気の毒になったイルがなぜか慰める(優しい・笑)


 ガヴィってイルの事になるとポンコツだよな、と思います。

正論言って、追い詰められたのは、果たして誰だったのでしょう(笑)


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