第29話 殿下が熱を出しました

殿下と一緒に森に行った翌日、珍しく殿下が私の部屋を訪ねて来ない。一体どうしたのかしら?


「ねえ、クロハ、殿下が今日は来ないのだけれど、一体どうしたのかしら?」


「ディーノ殿下は体調を崩され、お部屋で休まれている様です。昨日お嬢様を助けるために冷たい湖に入ったので、風邪をひかれてしまわれたのでしょう。お可哀そうに」


なぜか私をジト目で見つめるクロハ。


「あの程度の水で風邪をひくだなんて、意外と軟なのね。私なんてピンピンしているわよ。そうだわ、今日は殿下の居ぬ間に好きな事をしましょう。早速丘に向かうわ。あっ、でも殿下がいないとクリーには乗れないかしら?」


「クリー様に乗れるように、殿下が手配してくださっていると伺っております。殿下は本当にお優しい方ですね。ご自分が熱で苦しくても、お嬢様の為にクリー様を手配してくださるのですから…」


再びジト目で私を見つめるクロハ。一体何が言いたいのかしら?まあいいわ。クロハを無視し、乗馬を楽しむ。有難い事に騎士団も手配してくれていた様で、いつも通り稽古を行う。


「ヴィクトリア様、どうされたのですか?随分上の空ですね。殿下の事が気になられるのですか?」


この人は何を言っているの?私はいつも通りよ。でも、私のせいで殿下は風邪をひいたのよね。やっぱりお見舞いくらいは行った方がいいかしら?でも私が行っても、殿下も嬉しくはないだろう。だって昨日、あれだけ楽しそうにマーリン様と話をしていたし…


う~ん、どうしよう…


なんだか心がモヤモヤしたまま、部屋に戻ってきた。


「お嬢様、おかえりなさいませ。随分と早かったのですね。やはりご自分のせいで、殿下が風邪をひかれた事が気になるのですか?そうですよね、私ならすぐにでもお見舞いに参りますわ」


すかさずクロハが話しかけて来た。要するにお見舞いに行けと言う事よね。


「お妃候補者は確か、殿下の部屋を訪ねる事を禁止されていたはずよ。私だって殿下のお見舞いに行きたいけれど、行けないのよ」


そう、私は行けないのだ。だから仕方がない。


「その点なら大丈夫ですわ。殿下からはいつでも訪ねてきてもらってもよいと許可を頂いております。ですから、後はお嬢様が行くか行かないかご判断を下すまでです」


これは私に遠回しに行けと言っている様なものよね。


「分かったわよ、行けばいいのでしょ。行けば!ちょっと準備があるから、お昼ご飯を食べた後、準備をしていくから待っていて頂戴」


こうなったら行ってやろうじゃない。でも、タダで行くのは癪に障るもの。昼食後、早速あるものを準備し、殿下の部屋へと向かう。


「それで、殿下のお部屋はどこなの?」


クロハと一緒に部屋を出る。すると


「こちらでございます」


クロハが案内した先は、何と私のお部屋の隣だ。


「ここが殿下のお部屋なの?」


「はい、少し前にお引越しされたそうですよ。さあ、どうぞ」


まさか隣が殿下の部屋だっただなんて…まあいいわ。早速案内されたお部屋に入る。すると、ゴホゴホと苦しそうに咳をし、ぐったりと横たわっている殿下の姿が。明らかに辛そうだ。


「ヴィクトリア、来てくれたのかい?ありがとう。でも、万が一君に風邪がうつると大変だ。僕は君の顔を見られただけで十分幸せだから、もう部屋に戻るといい…」


私の姿を見るなり、嬉しそうに微笑んだ殿下。ただ、やはり辛そうだ。


「私は殿下の様に軟ではありませんので、風邪なんて引きませんのでご安心を。それにしても、随分と苦しそうですわね。そうそう、殿下の為に薬草で薬を作って参りましたの。ぜひ飲んでください」


そう、私が持ってきたのは、薬草で作った薬だ。物凄く苦くてまずくて、絶対に飲みたくはない薬。きっとあまりのまずさに、顔をしかめるはず。いつも涼しい顔をしている殿下に、一泡吹かせようと思っているのだ。


「僕の為に君が作ってくれたのかい?ありがとう…早速頂くよ」


私から薬を受け取ろうとした時だった。


「殿下、その様な物を口にしてはいけません。万が一毒でも入っていたら、どうするおつもりですか?ヴィクトリア様、殿下には既に薬が処方されております。訳の分からないものを持って来るのは控えて下さい」


近くにいた執事にすごい剣幕で怒られてしまった。失礼ね、訳の分からないものとは何よ。


「そんな…私は殿下の為を思って薬を作って来たのに…訳の分からないものだなんて、酷い…」


シクシクと泣きながら、その場にうずくまる。


「ヴィクトリア様、申し訳ございません、私はその様なつもりで申したわけでは…」


執事がアタフタとしている。


「僕の可愛いヴィクトリアを泣かせるだなんて。せっかくヴィクトリアが作ってくれたのだ。僕は飲むよ」


そう言うと、私の作った薬を一気に飲み切った殿下。その瞬間、あまりのまずさに顔をしかめた。そうそう、私はこの顔が見たかったのよ。


「これは苦いしあまり美味しくないな。でも、ありがとう、ヴィクトリア」


なぜかすぐに笑顔になったのだ。何なのよ、この男は。でも、殿下のしかめっ面を見られたし、まあいいか。


「それでは私は失礼いたしますわ。殿下、今日はゆっくりお休みください」


「ありがとう、ヴィクトリア。すぐに元気になるから、待っていてね」


殿下にカーテシーを決め、そのまま部屋を出たのだった。

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