第17話 あり得ない事が起こった【前編】~シーディス侯爵視点~

「あなた、おかえりなさい。それでヴィクトリアのお妃候補辞退は出来たのですか?」


私が馬車から降りると、心配そうに私の元に飛んできたのは、私の妻だ。後ろには心配そうな息子と息子の嫁の姿もある。


「それが…あり得ないことが起こったんだ。とにかく詳しい話は屋敷の中でするとしよう」


一度着替えを済ませ、妻や息子たちが待つ部屋へと向かう。部屋に入るなり


「あなた、それであり得ない事とは一体どういうことですか?」


「父上、もったいぶらずに教えてください。一体何があったのですか?殿下にはヴィクトリアのお妃候補辞退の件をしっかり伝えたのですよね?」


2人が待ちきれない様で、私に必死に訴えかけてくる。昨日ヴィクトリアの専属メイド、クロハから、王宮の木に登ったり、他のお妃候補者たちに暴言を吐いたり、王族の前で体調の悪い令嬢を演じるなど、やりたい放題だったと聞いて血の気が引いた。


これ以上ヴィクトリアの恥をさらす訳にはいかない、そう思い急いで王太子殿下にお妃候補の辞退を申し出に行ったのだ。


殿下はこう言っては失礼になるが、まるで人形の様で、自分の意見を全く持っていない。きっと私の申し出に素直に応じるだろう。そう思っていた。でも…


「実は王太子殿下から、お妃候補辞退はどうか考え直して欲しいと頭を下げられた。さらに、ヴィクトリアを自分の伴侶にしたいと考えていると言われたよ。陛下や王妃殿下も、王太子殿下の意思を尊重したいとの事だ」


あの王太子殿下が、自分の意見を言うだなんて、正直驚いた。どうやら殿下を変えたのは、ヴィクトリアらしい。我が娘ながら、恐ろしい。


「それは次期王妃は、ヴィクトリアという事ですか?我がシーディス侯爵家から、次期王妃が…」


「ああ…このままいけばな」


「あなた、それは本当なの?でも、マーリン嬢は?彼女との婚約が内定しているのではなくって?」


「確かに私もそう聞いていた。ただ、王族でもある王太子殿下はもちろん、陛下や王妃殿下が、ヴィクトリアをお妃と認めれば、いくらフィドーズ公爵が訴えても、聞き入れられないだろう。お妃候補選びは、本来王太子殿下の意思を最大限尊重するという決まりがあるからな」


この国では自由がほとんどない王族の為に、せめて結婚相手だけは好きな令嬢をとの事で始まった、お妃候補選び。その為、お妃候補に選ばれると、基本的に断る事は出来ないのだ。それでも、王太子殿下に許可が出れば、辞退する事も可能だ。


でも今の殿下はきっと、ヴィクトリアのお妃候補辞退を絶対に認めないだろう。


「殿下と話をした後、国王陛下と王妃殿下にも呼び出されてね。そこでもはっきりと“ヴィクトリア嬢をディーノの妻にと考えている”と言われたよ。王妃殿下に至っては、何度も何度もお礼を言われてね。“ディーノに心を与えてくれてありがとう”と。そもそも王妃殿下は、最初からヴィクトリアを気に入っていたからな…」



~約1週間前~

「王妃殿下、お呼びでしょうか?」


「シーディス侯爵、よく来てくれました。先日お妃候補の審査を行った結果、侯爵家の次女、ヴィクトリア嬢がお妃候補に内定しましたので、ご報告いたしますわ」


「なんですと!ヴィクトリアがお妃候補ですって…」


確かに少し前、陛下からヴィクトリアが年齢や身分的に、お妃候補者の基準を満たしているから、審査を受ける様に手配したいとは聞いていた。でもまさかヴィクトリアが…


「王妃殿下、大変申し上げにくいのですが、ヴィクトリアは体が弱く、今も領地で療養中です。とてもではございませんが、お妃候補は務まりません」


ヴィクトリアは本当に体が弱いのだ。王都に来ること自体体に負担がかかるのに、お妃候補者たちと暮らすだなんて。ヴィクトリアの命に関わるかもしれない。とにかく断らないと!


「ヴィクトリア嬢、本当に優秀ね。筆記試験は全て満点。マナーなどの実技も、満点。さらに木に登り、乗馬を楽しみ、騎士たちをまとめて倒せるほどの強さも持ち合わせている。頭の回転も早く、要領もいい。まさに完璧令嬢ですわ」


王妃殿下がにっこり笑って、あり得ない事を言っている。


「あの、王妃殿下、何をおっしゃっていらっしゃるのですか?」


「まさか父親でもあるシーディス侯爵まで欺くだなんてね。領地でのヴィクトリア嬢の姿ですわ。宜しければどうぞご覧ください」


王妃殿下の指示で、映像が流れる。そこには元気に乗馬を楽しみ、木に登り、野山を駆け巡り、挙句の果てに騎士相手に剣の練習をしているヴィクトリアの姿が。それもかなりの腕前で、次々と騎士たちをなぎ倒していく。これは一体…


「これが本来のヴィクトリア嬢の姿ですわ。メイドの話によると、領地が好きすぎて、帰りたくなくて病弱なふりをしているそうよ。父親まで欺くだなんて、本当に賢い子ね」


王妃殿下がクスクスと笑っている。なんて事だ、ヴィクトリアめ!こんなに元気に過ごしていただなんて。

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