第9話 上手くいったと思ったのに…
「カルティア嬢、君は一体何をしているのだ。他のお妃候補に暴力を振るおうとするだなんて」
怖い顔で令嬢の腕を掴んでいるのは、王太子殿下だ。
「私はこの女があまりにも無礼を働くから、現実を思い知らせてあげようと思っただけですわ」
「だからって暴力は…」
「いいのです、王太子殿下。私が他の皆様よりほんの少し遅れたことがいけないのです。私はしがない侯爵令嬢…本来ならこのような場所にいること自体、おこがましい人間なのです…ですから、どんなに酷い事を言われたとしても、私が堪えればいいのです…」
ポロポロと涙を流しながら、切なそうに訴える。ついでに体調が悪いふりをして、その場に倒れ込んだ。
「まあ、ヴィクトリア嬢、大丈夫?顔色があまり良くないわ。それに、あなたはきちんとした審査を受けてこの場所にいるのよ。だから、どうかその様な悲しい事を言わないで頂戴。あなた達も、お妃に選ばれたいのは分かるわ。でもね、だからって他人を蹴落としていい訳ではないのよ」
私の傍にやって来た王妃様に抱き起こされた。
「王妃様、私を庇って頂き、ありがとうございます。ですが、やはり私はお妃候補にはふさわしくありません。この様に体もあまり強くありませんし。ですから…」
「いいえ、あなたは立派な令嬢よ。こちらこそごめんなさいね、あなたが療養のため、領地に行っている事を知りながら、無理やり呼び寄せたりして。でもね、あなたは王妃になる見込みがあると踏んだから、私たちはあなたをお妃候補に選んだの。だから、どうか自分に自信を持って頂戴。ただ、今日は体調が悪そうだから、お部屋に戻っていいわよ。そこのあなた、ヴィクトリア嬢を」
令嬢たちの暴言をうまく利用して、このままお妃候補を辞退しようとしたのに…そう現実は甘くない様ね。でも、面倒なディナーは回避できたから、まあいいか。それに、私の体が弱いと言う事も、王族の方たちに印象つけられたし。
これで私が早々にリタイアしても、体が弱いからと言う事で、問題にはならないだろう。しめしめ、そう思っていると、すぐに護衛たちがやって来たのだが…
「母上、彼女は僕が連れて行きます。ヴィクトリア嬢、大丈夫かい?僕たちが来るのが遅かったせいで、君に辛い思いをしてしまって申し訳なかった。悪いが先に食事をしていてくれ」
なぜか私の元に王太子殿下がやって来て、騎士を制止すると私を抱きかかえようとしたのだ。
「ディーノ様がどうしてその女を…」
今まで沈黙を保っていたマーリン様が、ポツリと呟いた。確かに既にマーリン様との婚約が決まっているのに、たとえお妃候補とはいえ、別の令嬢を抱きかかえるのは問題だろう。
「殿下、私はただのお妃候補でしかありません。そんな私を抱きかかえて部屋まで連れて行くのは、いかがなものかと。私は大丈夫ですので、どうか他の方たちとお食事を楽しんでください。それに少し体調が戻りましたので、歩いてお部屋まで戻りますわ。皆様、お騒がせして申し訳ございませんでした」
皆に一礼をして、その場を去ろうとしたのだが…
「いいや、僕が送る。さあ、行こう」
後ろから私を抱きかかえた殿下が、歩き出したのだ。だから、私だけ特別扱いをしては、本当の婚約者に悪いわ。チラリと彼女たちの方を見ると、マーリン様がギロリとこちらを睨んでいる。そりゃそうよね、自分が婚約者になる事が決まっているのに、別の令嬢を抱きかかえたら、面白くないわよね。
他の令嬢たちも、こっちを睨んでいるし。
それよりも、あのような令嬢にムキになってしまうだなんて、あたしもまだまだ子供ね…自分の行いを、改めて反省する。
ふと殿下の体が目に入った。この人、華奢だと思っていたけれど、意外とガッチリしているのね。
「僕の体に興味があるのかい?それにしても随分と迫真の演技だったね」
あら?もしかしてバレていた?
「何の事でしょうか?」
コテンと首をかしげる。
「とぼけても無駄だよ。君、さっきまであんなに元気だったのに、あんなにか弱いふりをして。もしかして、体が弱いというのも嘘なのかい?」
「あら、バレていましたのですね。体が弱かったのは本当ですわ。ただ、領地で乗馬や剣の稽古など、外で目いっぱい遊んでいるうちに、体は強くなりましたの。私はごちゃごちゃした王都よりも、自然豊かな領地が好きなので、途中からは体が弱いふりをしておりましたのよ」
にっこり微笑んで殿下に教えてあげた。
「そうだったのか。君って子は…そんなところも可愛いのだけれどね…」
ん?最後の方がよく聞こえなかったわ。
「何かおっしゃいましたか?」
「いいや、何でもないよ。さあ、部屋に着いたよ。後で夕食を運ばせるから、今日はここでゆっくり食事をとってくれ。何か食べたいものはあるかい?」
食べたいものですって?
「殿下、送って下さり、ありがとうございます。それでしたら、領地で採れたサツマイモを使った、スイートポテトが食べたいですわ。私、スイートポテトが大好きなのです」
それなのに、意地悪クロハが食べさせてくれなくて…なんて、さすがにそんな事は言えない。
「分かったよ、すぐに準備させよう。それから…その…いいや、何でもない。それじゃあ、ゆっくり休んでくれ。また様子を見に来るから」
「もうすっかり体調も戻りましたので、来ていただかなくて大丈夫ですわ。出来れば明日の面会もなしに…」
「いいや、体調が戻ったのなら、明日の面会は通常通り行うよ。それじゃあ、また明日」
そう言うと、殿下が部屋から出て行ったのだった。
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