切なき雰囲気の未来先輩
二年六組の前に佇むいとこの加古川未来は、現実離れしたかのような儚い雰囲気を醸し出していた。
見慣れた未来がそう見えるのは、彼女も夢の中で告白してくれた美少女のひとりで、意識してしまっているからだろうか。
「加古川先輩……」
美月も俺と同じ感想なのか、美術館で芸術品を見たかのような声を漏らしていた。
俺達の反応とは裏腹に、未来はいつも通りの声色で美月へと喋りかけた。
「秋葉さん。ちょっとだけ、それ、借りて良い?」
物扱いするようにこちらを指差されてしまう。
「どうぞどうぞ。これで良ければ気のすむまで持って行ってください」
おい、こいつらは俺をなんだと思っていやがるんだ。
「ごめんね」
「全然、全然」
儚い女子と、大和撫子風の女子との簡単な会話に終止符が打たれる。
「じゃ世津くん、先に行ってるね」
先に美月が図書室に向かって行った。
「珍しいな。未来が俺の教室まで来るなんて」
夢の中で告白されたのを思い出し、少しばかり緊張した声が出てしまった。
「未来先輩、でしょ。ここ学校だよ」
「ぬかせ。四月一日生まれと四月二日生まれのたった一日違いに先輩もくそもあっかよ」
「残念ながらたった一日違いでも、世津は私より学年が一つ下なのだよ、後輩くん」
「ぐぬぅ」
正論でグーで殴られちゃった。
未来とは赤ちゃんの頃からずっと一緒のいとこ同士。たった一日違いだけど、同級生ではなくて先輩、後輩って間柄だ。
文部科学省のホームページを覗いてみると、『四月一日生まれの児童生徒の学年は、翌日の四月二日以降生まれの児童生徒の学年より一つ上』だということが記載されている。
「んで、その未来先輩様がなんの御用で?」
すっかり意識するのをやめて、いつも通りの調子で質問に戻る。
先ほどの切ない雰囲気の彼女とは打って変わり、未来はもじもじとしていた。
「せ、先輩命令です。きょ、今日は私とデートすること」
「……はい?」
いきなりの先輩命令に呆気に取られてしまう。
「デートって、俺と未来が?」
「そう。キミと私が」
「どこに?」
「そりゃ……。んー、そうだなぁ……」
命令を下す割にはなにも考えてなかったのか。廊下の天井を見上げながら考え込む。
「世津のバイクでツーリングとか?」
「バカですか?」
高校一年生の時に豪気とバイクの免許を取りに行った。
取得してから一年以上経っているため、バイクでの二人乗りは可能だ。
彼女を乗せてのツーリングというか、タンデムドライブをすること自体になんの抵抗もないのだけど。
「この土砂降りの中、ツーリングなんてバカがどこにいるんだよ」
廊下の窓の外を見ながら言ってやる。
朝から降っていた雨は強さを増し、ザンザンと強く地面を打ち付けている。時折、廊下の窓に当たる雨音がその強さを象徴してくれる。
「青春は雨とバイク。激エモじゃない?」
「エモさと引き換えに体調不良を取得する羽目になるぞ」
「一緒に体調不良になろうよ」
「いやだわ! どんなお誘いだ!」
「むぅ……」
未来は拗ねたように足で、のの字を描いた。
さっきの消え入りそうな神秘的な空気はどこへやら。わがままな幼子みたいになっちまった。
「それに悪いけど先約があるんだ」
お子ちゃまを相手にするように、ひらひらーっと手を振って図書室を目指す。
ガシッ。
唐突に腕を掴まれてしまう。少しばかり力が入っているのかちょっと痛い。
「待って……」
急に切ない感じを出してきやがるな、この先輩様。
「行かないで。今日は私の側にいて」
少々様子がおかしいみたいだ。
その姿は今すぐにでも消えてしまいそうなほど弱々しい。泣きそうで、シャボン玉みたく消えてしまいそう。
「なんかあった?」
「えっと……」
視線を伏せるその反応が、行動が、俺の心配を募らせる。
「今日予定変えようか? なんかトラブルに巻き込まれてるなら俺は未来を優先する」
「……ずるいよ」
拗ねた声で唇を尖らせる。
「ごめんね。なんでもない」
ちょっぴり無理して作った明るい表情。
「受験勉強でちょっとイライラしてただけ。雨の中をバイクで駆け出したらスッキリすると思って」
安堵の息が漏れた。
なんかもっと酷い理由だと思ったのだが、杞憂に終わったみたいだな。
「受験勉強は辛いよな。それで未来のストレス発散になるなら乗せてやりたいんだけど……。今日は勘弁な。めっちゃ雨降ってるし、また別の日でも良い?」
「……うん」
ゆっくりとこちらの腕を離したので、俺は図書室の方向へと歩みを始める。
「受験勉強大変そうだし、あれだったら飯は無理して作らなくても大丈夫だからな」
最後にこれだけは言っておきたくて、未来の目を真っ直ぐ見つめる。
「俺は未来の味方だから、なんかあったら遠慮なく言ってくれ」
「……いつの世津に会っても、キミという存在はいつまでも優しいんだね」
彼女の、か細く放たれたセリフの意味が今の俺にはよくわからなかった。ただ、なんとなく彼女の顔が悲しげな気がした。
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