第4話頑張る部下は休みを所望する
リオはアッシュの屋敷のベットで、ふと目が覚めた。
何時の間にか眠っていたらしく、既に日は落ちている。
二度寝しようとするが中々眠れず、自分の身に起こった事を改めて考える。
自分が若返った事もそうだが、あまりにも様変わりした街並みに違和感を感じていた。
最もそう感じられたのは街並みと風の匂いだ。
殺伐とし血生臭い匂いと淀んだ風が常だった頃に比べて、今は争いを感じさせない街並みと、あの頃とは違う澄んだ風を感じた。
本当にこの世界が俺が住んでいた世界なのかとリオは考えもしたが、リオの勘が紛れもなく元の世界だと告げている。
それに、神を名乗る者が居なくなってから千年も経っているとアッシュが言っていたため、間違いなくこの世界がリオの住んでいた世界なのだろう。
まだ日が上る前だがリオは身体を起こし、何気なく窓から外を見ると、庭で木剣を振っているアッシュが目に付いた。
リオはアッシュが素振りするのを見ながら、左手で右の二の腕に触れた。
その二の腕には、幾何学模様が腕を一周するように描かれている。
リオがまだ幼かった頃に、自分の恩人と契約した結果得たものであり、リオがこれまで戦ってこれた理由の一つでもあった。
ほんの僅かだけ右手に力を入れる。
すると、その右手には剣が出現し、リオの手に握られた。
その剣は墨に浸けた後の様に黒く、それ以外何も特徴の無い剣であった。
リオは軽く剣を振り、その感触を確かめた後に剣を消した。
剣を消した後、少しだけリオは顔をしかめ、それと同時に安堵した。
腕の模様は契約の証であり、契約で手に入れた剣が扱えたからだ。
契約と言っても、恩人の望みは既に果たしており、後は互いが承諾するか、己が悪に染まらない限り契約が解除されることは無い。
自分の身体が若返っただけで、これまでの戦いは本当にあった事なのだと、改めて思い出させられた。
そのため、契約が未だ有効である事に顔を顰める。
だが、これまで自分がやって来た事が、無駄にならなかった事に安堵した。
しかし、既に過去となり、恐らくリオが戦い抜いてきた時代の事を知っている人間は居ないのだろう。
リオは良くも悪くも過去の事なのだろうと、寂しげに思った。
生きる目的が無くなり、これからどうしようかと気を落としながら、リオは何となく素振りをしているアッシュの元に向かった。
リオが近づいて来たことに気づいたアッシュは首に掛けていたタオルで顔の汗を拭うと、リオに挨拶をした。
「良く眠れたか?」
「それなりに」
アッシュはやれやれとも言うような顔をすると、リオに持っていた木剣を投げ渡した。
リオは片手で受け止めると、怪訝な表情を浮かべてアッシュを見た。
「何のマネですか?」
「浮かない顔をしてたからな。それでも振って汗を流せば、少しは気が晴れないかと思ってな」
「そう言われましても……」
一応自前の剣を持っているのだが、素振りをする位なら真剣ではなく木剣や刃抜きされてる剣の方が良い。
今はともかく、昔は大怪我でもしない限り毎日剣を振っていたので、別に断る理由も無い。
だが、今のリオに剣を握る理由はもう無い。
一応契約の証があるとはいえ、リオが戦い抜いてきた時代と違い、今は平和そのものだ。
今の状態で昔みたいに戦えるかは分からないが、無理に戦う必要もないだろうと、リオは考えている。
だからと言って木剣を返そうにも、昔の習慣故に、身体が剣を振ることを求めているのだから、どうしようもない。
先ずは大きく振りかぶり、そのままゆっくりと振り下ろした。
手足が短くなったせいか、少しだけ違和感を感じる。
だが、これくらいなら問題ないだろうと思い、振り下ろした状態から身体が求めるがまま、ゆっくりとした動作で剣を振り続けた。
アッシュはその剣舞とも、素振りとも言える様を見て、目を細めた。
あまりにも洗練されていて、まったく隙がない。
魔力が少ない分を剣術で補って来たのかとも考えるが、この歳でこの練度は常軌を逸していると思った。
最初に一振りだけは素人のそれだったが、そこからは何の流派かは分からないが見事なものだ。
まだまだ何かあるのだろうと思うが、しばしの間、アッシュは美しい素振りに目を奪われ続けた。
リオは木剣を振りながら、身体が若返った分のズレを直そうとするが、中々調整できず、四苦八苦していた。
そもそも元は二十五歳の身体で、常に全力で戦わなければいけない状態だったのだ。
数えきれない怪我や出血。
時には腕や足が捥げながら戦っていた頃に比べると、今の身体は貧弱すぎる。
加減が出来ない訳ではないが、これまで全力で殺すか、全力で逃げるばかりなので、あまり得意ではない。
ゆっくりと体幹を意識して振る分には良いが、前の身体の時の様に振れば、筋肉や骨が耐え切れず、折れたり飛び出たりするだろう。
最低限身体を作るにしても、どこまで加減する必要があるかを後で見極める事にした。
「どうかしましたか?」
「あまりに見事だったからな。どこかで剣をならってたのか?」
「混元流ってのを習ってました」
全く知らない流派だとアッシュは思ったが、知らなくて当たり前である。
千年も前でも混元流を使えたのは、リオに混元流を教えてくれた人物のみであった。
その人物もリオ以外には継承しておらず、混元流の使い手はリオ一人と言っても過言ではなかった。
「そうか。まあ、先程よりは見れる顔になったな」
リオはそう言われて少し微笑んだ。
何時の間にか日が頭を出し始めており、アッシュはリオを伴って食堂に向かった。
食堂にはアッシュとリオの食事が準備出来ており、二人は朝食を食べ始めた。
そう言えば昨日の夕飯は食べてなかったとリオは思い出し、思っているよりも自分が疲れていたことを自覚した。
二人が朝食を食べ終えた頃に、タイミングを見計らったかのようにしてコローナが現れる。
だが、その顔は昨日よりも疲れが濃く表れており、流石のアッシュも昨日の事に少しだけ罪悪感を感じていた。
「大丈夫かコローナ?」
「大丈夫に見えるのでしたら、私は辞表を出して故郷に帰ります」
アッシュは頭を下げて昨日仕事を放り投げたことを謝り、報告を聞く。
「宰相からは時間が空き次第リオ君を連れて来るようにとの事です。また、他の団員からは、仕事をサボったのだから後で酒を奢れとの事です」
急に仕事をサボったのは自分なので、それ位は仕方ない事だろう。
アッシュはそう思い、後で軽くなる財布に涙した。
「朝食も食べ終わったし、これから向かうとするか。リオもそれで良いか?」
リオは頷いて答えた。
コローナは自分の仕事は終わったと言わんばかりに、その場を去ろうとするが、アッシュがそれに待ったをかけた。
コローナは既に疲れ果てており、出来ればさっさと家に帰って寝てしまいたいのにと、内心愚痴を溢しながらも足を止める。
「疲れてるのは分かっているが、今日だけは付き合ってくれ。その分明日明後日は休ませてやるから」
「その言葉が嘘だった場合、私は引きこもりますので、そこのところはお願いします」
コローナはアッシュの代わりに馬車の準備をし、先に馬車の中で休むためにその場を去った。
リオはコローナを心の中で労いながら、後で疲労回復する薬でも調合してあげようと考えた。
まあ、自分が知っている薬草が有ればだが。
「コローナが準備している間に、今日の流れを先に話しておこう。先ずはこの国の宰相に会ってもらい、少し話をしてもらう。宰相と言っても良い歳をした爺さんだから気楽に話してもらって大丈夫だろう。恐らく黒い扉についても多少知ってるかも知れないから、俺に話せないことは爺さんに話してくれ。悪いようにはしないだろう」
それから後は流れ次第で変わるが、恐らく俺と共に騎士団の仕事に付いてきてもらう事になるだろうとアッシュは締めくくった。
多少リオが口を挟みながら会話をしていると、馬車の準備が出来たことをメイドが伝えに来たので、二人は馬車に乗り込み、王城に向かった。
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