第2話男は少年にジョブチェンジする

 男は・・・今は少年だが、少年にとって謝ると言う行為は困った時に反射的に取る行為であった。

 憲兵から逃げる時や、相手に顔を歪められた時。建築物を破壊してしまった時など、とりあえず謝ってきた。

 

 黒い扉を通り抜けた先には、大勢の鎧を纏った人達がリオを取り囲むような形で居たのだ。

 少年は長い時間戦い続けてきたせいか、正常な判断が出来ず。とりあえず土下座をして誠意を見せることにしたのだ。

 だが、アッシュ達からしたら、たまったものではない。

 

 突如として吹き荒れた魔力の波動と、部下からの報告で大広場に向かってみれば、見上げる程大きな扉が大広場に鎮座しており、市民を避難させ、一通りの手筈を整え。様子をうかがっていれば、現れたのはボロボロな服を着た少年だったのだ。

 

 更に何を思ったか少年はその場で土下座をしたのだからアッシュは混乱してしまった。

 アッシュは意見を求めるように隣に居るコローナに視線を向けるが、コローナは固まって動揺しているのか小刻みに震えるばかりで何も答えてくれそうにない。

 

「とりあえず立ち上がってくれないか?」

 アッシュはそう少年に声を掛け、少年はアッシュの声に応えるようにゆっくりと立ち上がった。

 

 アッシュは改めて少年を見るが、少年の格好はスラムに住んでいる子供よりも酷いものだと顔を僅かに顰める。

 ボサボサに伸びた黒い髪に、布切れと化した服とズボン。所々血と思われる赤色で濡れており、普通の子供ではないことは一目で分かる。

 

 靴は履いて無く、右の上腕辺りにある刺繍とも痣とも捉えられるものが目を引く。

 

「私は第一騎士団のアッシュと申す。ここに居るのは良くないので付いて来てくれないか?」

 

 少年は少しだけ悩んだ。

 ここがどこで、あれからどれ位の時間が経ったかも分からず、下手に逃げても行く当てがない。

 

 それに、アッシュの鎧に付いてる紋章は少年が知っているどの国とも違っているので、若しかしたら直ぐに解放されるかもしれない。

 そんな淡い期待と打算の結果、アッシュに付いて行くことに決めた。


「分かりました」

「それは良かった。団員は周辺の警備をしながら市民に厳戒令を解いた事を伝えて来い。コローナは私と共に来い」


 騎士団員達はアッシュの命令に従い各自動き始める。

 固まっていたコローナもアッシュの声で我に返り、アッシュの命令に従った。

 

 少年はアッシュの言葉に従い、周りを気にしながらもアッシュの後ろを付いていったが。そこで少年は、自分の視線が低い事に気づく。

 

 少年は自分よりもアッシュの方が身長が高いせいでそう感じているとのだと思ったが、自分の後ろから付いてくるコローナの方を見ると、自分よりも身長が高かったため、表情には出さないようにしながらも困惑した。

 

 少年は何がどうなっているか考えながらアッシュの後を歩いていると、アッシュが馬車の前で止まったので、それに釣られるように少年も足を止める。

 

「この馬車に乗ってくれ。君の事については追々話すとして、今は私の家で預かることにする。思う事はあるだろうが、今は私に従ってくれると助かる」

 

 少年はアッシュの言葉に従い馬車に乗り、適当に腰を下ろした。

 馬車の中は少年が知っている物よりもしっかりとした作りになっており、席に腰を下ろしても馬車が軋む様な音を出さない事に驚く。

 

 後からアッシュとコローナも乗り込んで来ると、コローナがドアを閉める。

 馬車の従者は三人が乗り込んだのを確認すると、馬車を出した。


 馬車の中に、馬の蹄の音が小さく響く中、アッシュが咳払いをして少年に声を掛ける。

 

「さてと、君の事を教えてもらえるかな?」

 

 少年はそう言われ、どの様に答えるか迷った。

 こういう時、少年の中にある知識では、記憶喪失だと言うのがお約束らしい。

 自分の身に起きた変化もそうだが、答え様によってはアッシュを敵に回してしまう恐れがある。


 その為に、どう答え様か迷っていると、それを察したのか、アッシュはコローナに自己紹介する様に言った。

 若干嫌な顔をするも、コローナは素直に返事をし、自己紹介を始めた。


 「ヴァルベルグ王国第一騎士団副隊長のコローナと申します。そこの隊長の尻拭いが主な仕事です」


 コローナそう答えると、アッシュをジト目で見ると、アッシュは苦笑いをし、自分も自己紹介をした。


「少しだけ話したら省くが、隊長をしているアッシュだ。治安維持や書類仕事をしている」


 コローナはボソッと「嘘ばっかり」と呟やく。

 アッシュは呟きを無視し、少年に「君は?」 っと聞いた。

 少年は所々は誤魔化すとして、答えられるところは答えることにした。


「俺はリオと言います」

「生まれは?」

「孤児なので分からないです」

「孤児にしては言葉使いがしっかりしてるけど?」

「この歳にもなればそれなりに使えるようになりますよ」

「歳ってまだ十歳くらいにしか見えないが?」


 リオは何言ってるんだこのおっさんはっとでも言うような表情を浮かべる。

 それに対してアッシュは多少イラッとしながらも、自分は大人なのだからと言い聞かせる。

 少し深呼吸をして落ち着いた後、馬車の引き出しから手鏡を取り出した。


 手鏡をリオに見せると、リオは先程までの表情が嘘だったかのように固まったってしまう。

 鏡に映る自分が、若返っていたのだ。


 髪は異様に伸び、薄汚れてるとはいえ、その顔立ちはあまりにも幼い。

 正確な誕生日は覚えてないが、たしか二十五歳位だった筈なのに、鏡に映る自分はどう高く見積もっても十歳位の顔立ちだ。


 確かに目線は低いし、手足の動きにも違和感があったが、だからといって若返っているとは思わなかった。

 どうしたものかとリオは考える。


「・・・記憶の喪失と言うことじゃ駄目でしょうか?」

「全て話せとは言わないが、君はあの黒い扉から現れた危険人物だ。最低限の安全性が判断出来ない場合は牢に入れるしかない」

 

 アッシュは真面目な顔でリオに話すように求めた。

「一応名前と孤児だってのは本当ですよ。生まれは分からないですし、あの黒い扉は目の前に現れたので開けただけですよ。その結果が今ですね」

「その右腕の模様は?」

 

 リオはチラリ視線を自分の右腕にやり、腕に模様があるのを確認して顔をしかめた。

 答えにくい質問であり、あまり深い内容を話すと、もしかしたら捕まる恐れもあるので、どう答えたものかと考える。


「魔法の契約紋です。それと、貴方達と敵対する気は無いですよ」

「そうか。まあ、今はそれで良いだろう。もうすぐ俺の屋敷に着くから、続きは汚れを落としてからにしよう」


 リオは自分の格好を確認して、そのみすぼらしさと汚れに変な顔をした。

 馬車はアッシュの屋敷の玄関前で止まり、コローナ、アッシュ、リオの順番で降りる。

 屋敷の中に入るとアッシュはメイドにリオを綺麗にするように命令し、コローナと共に自分の私室に向かった。


 リオはメイドに連れられ、風呂に案内され、一緒に入ろうとしてくるメイドに入ってこないように言い、汚れていた身体を綺麗に洗う。

 

 久々の風呂に気分を良くしていたが、長くなっている髪が邪魔だと思い、軽く纏めた。

 風呂から出ると新しい服が用意されており、自分を着替えさせようとしてくるメイドを追い払ってから着替える。

 

 着替えが終わると、メイドに髪をどうするかと聞かれ、邪魔にならない程度に切って欲しいと頼んだ。

 バッサリと髪を切られ、軽く整えてもらい。スッキリとした気分でリオはメイドと共にアッシュの元に向かった。


 また、リオの切られた髪はメイドが自分の宝物として自室に保管しているとかいないとか……。

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