神を殺した男は千年後の世界で平和を願う

ココア

第1話そして世界は平和になりました

 赤く淀んだ空が広がり、どこまでも荒野が広がる世界で、その男は戦っていた。

 男にとってこの世界で戦うことは運命の様なものであった。


 男に崇高な使命がある訳でもないし、立派な立場に居る訳でもない。

 色褪せて元の色が分からなくなる程、掠れた絵のような約束の為に、男は戦い続けていた。


 音を置き去りにして振るわれる剣。一歩踏み込む度に割れる大地。そして、息をつくまもなく襲い来る異形の怪物達。

 一般人なら一撃で死んでしまう様な攻撃をギリギリで避けながら確実に一振り毎に一匹の怪物を殺し続けた。


 

 まともな人間なら力尽きるか、または発狂するか。数えるのも烏滸がましい程の時間の果てに、男は最後の怪物を殺し終えた。

 男は最後の一匹を殺し終えると同時にその場で剣を地面に突き刺し慟哭した。

 恨みを憎しみを苦しみを吐き出すかの様に、涙を流さず慟哭した。


 しかし、どれだけ叫び続けてもその声に答えてくれるものはこの場には誰も居ない。いや、この世界には誰も居なかった。

 声も枯れ果てた頃、男は呆然と荒野を歩き始めた。

 先程まで握っていた剣はいつの間にか姿を消していた。


(これからどうするか…)


 男はそう考えながら、淀んだ空を見上げた。男がこの世界に来る時に使った方法は片道のみ有効だったため、帰りに使うことが出来ない。

 そもそも男は生きて戦いを終えることが出来るとは思って居なかったため、途方に暮れてしまった。


 男はこのまま自害してしまおうかと密かに思いながらも、その手を取ることは躊躇した。

 戦いが終わり、それなりの時間を当てもなく歩いていると男はふと、後ろに違和感を感じて振り返った。


 そこには先程まで影も形もなかった、大きい黒い扉が聳え立っていた。

 男は黒い扉を前にして目を見開いて動揺した。

 

 この黒い扉はある魔法と多大な犠牲の上で作られたものであり、男がこの世界に来る時に使ったものだ。


 その時に使った黒い扉は、男の手によって壊されているので、この扉がここにあるのはおかしいのだ。

 

 そのため目を見開くほどに動揺してしまったのである。


 男はそっと黒い扉に触れて、感触を確かめた。

 この世界に来た時に使ったものと恐らく同じものだろうと考え男は考え、破壊するか、それともまた開くか悩んだ。


 もしもこの黒い扉が男が通ったものと同じであれば元の世界に戻ることが出来るだろう。

 たが、男はそう考えると共に違うことを思った。


(元の世界に戻ってまで俺はしたいことがあるのだろうか?)


 男は元の世界では世界的に指名手配される程の人物であった。

 勿論男が悪事や犯罪に手を染めたわけではないが、理由はともあれ、元の世界に戻った所で見つかり次第死刑になるだけだろう。


 だからと言ってここに居ても、出来ることは何も無い。

 男は悩みに悩みながらも覚悟を決め、ゆっくりと黒い扉に力を入れ、扉を開く。

 扉の先は光によって見えないが、男はその光の中に消えて行った。



 

1


 


 ヴァルベルグ王国第1騎士団団長のアッシュは困惑していた。

 朝は何時ものように日の出より少し前に起き、朝の鍛練と軽く書類整理をして、何時ものように仕事をこなそうと、馬車で屋敷を出たところで問題が起こった。

 

 アッシュは突如として吹き荒れた魔力の奔流を感じ、その魔力の禍々しさに身体を震わせる。

 馬車から飛び降りアッシュは馬車の従者に後から付いてこいと言い放ち、魔力を感じた方に向かって走り出した。

 

「コローナ!居るか!?」


 走りながら大きく声を張り上げると、それに答えるようにアッシュの近くに影が舞い降りた。

 その影はアッシュよりも背は低いが、尖った耳が特徴的な女性であった。

 コローナは流れるようにアッシュの横で並走を始めると気だるげに答えた。


「聞こえてますよ団長」

「他の団員への連絡は済んでるか?」

「宿舎に居た団員には住民の避難と発信源の特定……は此方なので警戒をするように言ってあります」

 

 コローナの返事を聞くとアッシュは満足げに頷き、先程よりも速度を上げて走り出した。

 コローナは急に速度を上げたアッシュに嫌な顔をしながらも、付かず離れずの距離を保ちながら付いていった。


 アッシュが居るヴァルベルグ王国の首都は四角と菱形を重ねた様な形をしており、中央には城があり、その四方に大広場が1つずつある。

 

 アッシュは魔力の波動の発信源を城から見て南の大広場辺りだろうと考え、コローナと共に向かった。

 大広場まで後少しの所まで来ると、大きな黒い扉が大広場に鎮座してるのがアッシュの目に入った。


「コローナ、あれが何か分かるか?」

「知らないですね。禍々しい魔力を放ってるので、ろくなもんじゃないと思いますが……」


 コローナはアッシュの質問ににべもなく答えた。だが、実はコローナはあの黒い扉がどの様なものかは知っていた。


 その事をアッシュに教えることは事情により出来ず、誤魔化して答えるしかなかった。

 アッシュは大広場に着くと近くに居た団員に現状を聞き、一先ず黒い扉の前で足を止めた。

 黒い扉は、縦方向は大人三人分程あり、横は両手を広げても少し届かない程の大きさがあった。


「どうしてこう面倒事が起きるかね~」


 アッシュはそう愚痴りながらも、自分の記憶の中に黒い扉についての情報がないか思い出そうとする。

 アッシュが黒い扉を見上げながら考えてる内に大広間に残っていた民間人は全員居なくなり、数十人の騎士団員が残るだけどなっていた。


「コローナ、本当に何も知らない?」 

「残念ながら」

「そうか~」


 アッシュは大きく息を吐くと腰に差していた剣を抜き、そのまま黒い扉を斬りつけた。

 突然の行動にコローナは驚きの声を上げてしまった。

 

 しかし、アッシュの剣で傷1つつかなかったのを見るとほっと胸を撫で下ろした。

 アッシュは自分の剣で傷1つつかなかった事に眉を潜めながらも、コローナの反応を見て再び問いただした。


「その反応やっぱり何か知ってるだろ?」

「・・・これがあまりよろしくないものとしか今は言えませんね」


 アッシュはやれやれと首を振り、剣を鞘に納めた。

 宰相や国王に伺うかそれとも魔法兵団の方に先に話を通すか。

 アッシュが出来る事は現状だと殆ど無く、他人に任せるしかないと思った。

 どうなるにせよ、いち早く現場に駆けつけてしまった為、書類仕事が増えそうだとアッシュは肩を下げた。


 コローナはコローナで黒い扉について胃が痛くなる位頭を悩ませていた。

 コローナはエルフであり、第一騎士団長のアッシュより実年齢は上であり、それなりの知識を持ってる。


 だか、今は頭を悩ませている原因はその知識から来るものではなくコローナに黒い扉について教えてくれた人物のせいである。


 その人物はコローナに、もし黒い扉が出現した時の対応の仕方を教え、中から現れるであろう者の事を教えていた。

 それと共に過去に現れた黒い扉の原因と、黒い扉がどの様な物なのかを教えられていたのでコローナは胃が痛くてしかたなかった。


 

 神を名乗る者が、過去にこの世界を侵略するために魔法を使った結果現れたのが、今コローナの前にある黒い扉だと教えられていたのだ。

 

 その黒い扉はお互いの世界を浸食し、弱っている側の世界の理をもう片方の世界の理で上書きしてしまう所謂世界を滅亡させる魔法なのである。


 そんな事を知っているコローナは、自分にこの事を教えてくれた人物の思惑通りの流れに事が進まないよう祈るしかなかった。


 アッシュが団員の一人に宰相への連絡を頼もうと黒い扉から目を反らそうとした時、先程より一段と強い魔力が黒い扉から発せられた。

 アッシュは反射的に剣の柄に手を掛け、額から流れる冷や汗を感じながら直ぐに行動できるように構えた。


 アッシュ達が黒い扉を見詰める中、扉はゆっくりと開かれた。

 緊迫感が場を包む中、扉の中から何者かが歩いてくるのを場に居る全員が見守った。


 ペタリ、ペタリ。

 裸足で歩くような足音と共に黒い扉の中からボロ切れを纏った少年が姿を現した。

 少年が黒い扉を通り抜けると、黒い扉は上の方から塵に変わり、跡形もなく風に消えていってしまった。


 アッシュは黒い扉が消え去ってしまったこともそうだが、黒い扉から現れた少年を見て固まってしまった。

 少年は周りを見渡すように首をゆっくりと振り、真っ直ぐとアッシュの方を見ると流れる様な動作で両膝を地面に着け、頭と一緒に腕も地面に着け一言声を出した。

「すみませんでした!」


 それはとある国に伝わる、伝統的な謝罪のしかた……土下座だった。

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