西
アイスを食べ終わった頃、再びドアが開いた。
「
また先生が来たのかと思ったら、
「あっ、すぐ行きます!」
おれは急いでギターをケースに片付けて廊下へ駆け出そうとすると、グッと腕を引かれた感覚がして立ち止まった。
「今日、先輩と練習あるって聞いてねえよ」
「ごめん、午後から呼ばれてたの言い忘れてた……」
ふーんとだけ返事をする東を見て、そんなに不機嫌になられると行きずらいなとおろおろしていると、西園先輩が「独占欲の強い男は嫌われるぞ」とからかうように言った。東は舌打ちを我慢したのか息を吸って「ヘラヘラしてる男の方が俺は嫌いです」と言う。
喧嘩になったらまずい、というか東が突っかかりそうな勢いだったのでおれは西園先輩を連れて先輩達の教室に急いだ。
教室には他の先輩達が準備して待っていると思ったのだが、誰も居なかった。
「北川くんと二人っきり」
西園先輩はにこにこと柔らかい笑顔を浮かべてなんだか嬉しそうだ。
他のメンバーは午前中で帰ったようで、二人で曲のセットリストを決めようということだった。
「あの、おれはサポートメンバーだし、セトリは先輩達で決めた方がいいんじゃ……?」
「いーのいーの、早く座って」
机を挟んで西園先輩の対面に座る。ノートの隅に曲名を書き出して、盛り上がるのはこれ、繋ぎが綺麗なのはこれ等、意見を出し合うと案外スムーズに決まりそうだった。
頬杖をつく西園先輩と目が合うと「ポテチ食べる?」なんて唐突に言い出して、鞄からポテトチップスの袋を取り出した。
マイペースな人だなと思う。そういえばおれ、昼飯食べてないな。
袋を開けた西園先輩は、少し癖のある黒髪を耳にかけ、ポテトチップスを1枚咥えた。咥えたまま「ん」とおれの方を向いてくるから、おれは「ん?」と首を傾げた。
数秒見つめ合ったままになった。いつの間にか握られた手がじわりと熱くなった。
少し齧るだけだ、ただの遊びだ、そう思うが西園先輩の顔が思ったよりも近くて羞恥が込み上げた。
パキと音がしてお互いの間でパラパラとポテトチップスが散っていく様子を眺める。ガタンと机が揺れたと思えば西園先輩の顔が目の前にあって、驚く間もなく唇が重なったことが分かった。
「美味しかった」と西園先輩は目を細める。いつもの柔らかい笑顔とはどこか違うような気がした。
おれはぼんやり、口元に残る塩気を感じていた。
「北川くん、この後うちに来ない?」
西園先輩の指がおれの頬から耳をそっと撫でた。欲の滲んだ誘いだと分かる。羞恥で目が合わせられない。優しい先輩の誘いを断るのも悪いしな、と頭がぐるぐるした。
「え、えっと……」
不意にガラガラとドアが開いた。おれの肩がビクッと跳ねた。
振り向けば、
「お、南部先生じゃん。なんか用?」
西園先輩の目が少し鋭くなった。会話を遮られたのが嫌だったのかもしれない。
「お前に用はねえ。北川、楽譜コピー終わったから取りに来い」
そういえば頼んでいたような気がする。今すぐ来いという雰囲気だった。はい、と返事をし、南部先生の背中を追った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます