第7話 力及ばぬ処で
どうしようもできない。僕の力じゃ。
大学三年生の夏、そんなことに突然巻き込まれた。
父さんに癌が見つかった。がん検診ではなく、自分の商売道具であるロードバイクでの事故で。念のため撮影したMRIの映像に、見間違いのしようがないほどくっきりと映った影。
「僕、大学辞めようか?」
そして仕事を覚えながら手伝おうか? そういう提案をしようとしたが、父さんは激怒した。
「誰の金で大学行ってるんだ? いいから卒業しろ。中退なんてこれまでの時間と金をドブに捨てるようなもんだ。それに父さんはまだ死なん!」
なんて言っていた父さんが、その一か月後に亡くなった。
僕の家は自転車屋。どこにでもある、平凡な自転車屋。
ただ、立地がスポーツで有名な私立高校の近くというだけで、毎年三月の売り上げだけでとんでもない額になる。
そう、三月。
うめちゃの卒業公演を観に行くという約束は、僕がこの店を継ぐ以上果たせなくなってしまった。
久しぶりにうめちゃに送るメッセージ。僕たちの繋がっているのか繋がっていないのか実に微妙な関係で、父親の訃報から始まるメッセージというのが相応しいのか疑問に思いながらも、僕は僕の置かれた現状を綴った。少々長文になってしまったが。
僕が外から見ていた限り、この二年、うめちゃは夢に向かって凄く努力していたようだ。
SNSでの情報発信はマメな方ではなかったが、芸能事務所のワークショップから仮所属し、いくつかのテレビドラマや映画に役名付きで出演もしていた。
フォロワー数は相変わらず僕より少ないし、ファンと呼べる人たちも居るのかどうだか。
僕がメッセージを送ってから一週間後、うめちゃ最後の卒業公演を観に行けないことがほぼ確実になった返信があった。
§
わっさんへ。
まずはお父様のこと。謹んでお悔やみ申し上げます。
わっさんの街にとって、わっさんのお店は無くてはならないものだと思います。それを守っていくという使命感が、幼いころからわっさんの中にはきっとあったのでしょうね。
二年前、軽々しく「観に来てください」なんてお願いしてしまった私が恥ずかしいです。
そんな私ですが、この二年間で少ないながらも経験を積んできました。毎週のように受けていたオーディションは、プロの俳優さんたちが多くいる中で落選するのは当然で、それでもくじけずに受け続けて。
そうしているうちに、なんとこの素人同然の私にもオファーがきました。そのオファー、受けてみようと思います。
私の役は小さな役ですが、作品は素晴らしい作品です。
私はまず国内で二か月間アクションの訓練を受けて、その後撮影のために半年間の予定でLAに行きます。
学校は辞めずに席は置いておきますが(校長からもそうお願いされたので)、私の気持ちとしては、卒業にこだわっていません。
今度日本に帰って来た時は、わっさんに「うめちゃのファンだよ」と胸を張って言ってもらえるような人間に成長できていたらな、と本当に願っています。そのためには、これからはもっと努力しないとダメですよね。
わっさんも、お仕事、あともちろん大学の方も頑張ってください。しばらくは大変かと思いますが、私も頑張りますので、一緒に頑張りましょう!
儈梅花
§
泣いた。
ただただ泣いた。
涙の意味は分からない。嬉し涙とか、悔し涙とか。そんなんじゃなかった。
ただただ、僕はそのメッセージを読み返し、泣いていた。
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