第5話 停滞

 普段は足なんかより手の方が仕事をこなしていると感じていた。二足歩行の最大の利点は両手が使えること。次に脳の重さに身体が耐えられること。そう思っていた。

 足の働きあってこその頭や手なのだ。

 病室のベッドから「西浜にしはま市民病院」とかすれた文字が背もたれに書かれている車椅子に座り直す。

 手首だけなら入院せずに済んだんだろうな。

 そう思ってさらに足の仕事を見直した。

 手よりも足が痛くて一ヶ月も入院で停滞(手痛い)とは情けないと自嘲しながら、通路に置いてあるベンディングマシンに向かって右手一本で車輪を回した。

 自動販売機ではなくベンディングマシンと呼ぶのには理由がある。その機械が年代物の合衆国製スナック用自動販売機だから。

 誰の趣味で置かれているのか分からないけど、十回に一回は動作不良でお菓子が出てこない。だけれども、それがいい。そう思うのは僕だけじゃないはず。

「はい、スタックぅ」

 ヌガーチョコバーのボタンを押して回転した螺旋のレール。その先に引っかかって落ちてこない商品。僕と同じ宙ぶらりん。

 ここでベンディングマシンの横を叩くと現れる美少女。というのが映画やドラマの定番展開だけれども、車椅子に座っていては叩きたい場所には届かない。

「ここでまたコケたくはないなあ」

 周囲の人の目の有無なんて気にせず呟いたら、思いがけず真横から声がした。気配を消していた。そうとしか思えない。

「ここでコケられたくないなあ」

 現れたのは絵に描いたような美少女。

「うめ、ちゃ?」

 僕がベンディングマシンを叩いた弾みで転び、入院生活を伸ばしてしまった失態を知る美少女。その時に初めてダイレクトメッセージを送ってくれた美少女。いや、その時のあまりの優しさに「天使」と呼ぶことにした、美少女天使うめちゃ。に、そっくりな看護師さん。何度か見かけたことはあったけど、言葉を交わすのは初めてだ。

「なに?」

 普通の人間には「うめちゃ」というのは認識できない単語のようだ。

「いや、なんでも」

「もしかして、これ?」

 僕がその看護師さんをみて心拍数を上げているのは気付かれていないようだけど、ここでスタックしている理由は気付かれたみたい。

 僕の顔を見て少し微笑んだ看護師さんは、宙ぶらりんになっている商品のロゴが描かれたベンディングマシンの横を撫でた。

「この『K』の所、凹んじゃってるね」

 言いながら拳を作って強めに「K」をノックした。

「あっ」

「やばっ」

 白衣の天使って言葉が狩られたあの頃に現れた天使が、僕の宙ぶらりんになっていたヌガーチョコバーを狙って落とすと、それ以外のお菓子までも落ちてきた。

「やっちゃったね。こっそり分けちゃおっか?」

 お菓子たちの代わりに、目線の高さに降りてきた微笑の美少女天使が僕の心にスタックしたのがこの瞬間だった。

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