第3話 ジニア

ここは町外れの森の中の小さな木造の家。

そこに2人の人間が暮らしていた。


雪のような白い髪の少女のジニア。

炎のような紅い髪のグロリオサ。


ジニアの両親は魔獣族と人間族の争いに巻き込まれ、彼女を生んですぐに亡くなってしまった。それから唯一の血縁であった祖父のグロリオサがジニアを育ててきた。



「ジニア、手からじゃない。腹から絞り出すイメージで魔力を練るんだ。もう一度やってごらん。」


「うん。やってみるよ。」



この世界の魔獣族と人間族は生まれながらに

魔力を持っている。その魔力を使い昔は争い合ってきた。だが、今ではその力は争いではなく生きていくために使われている。

火を起こしたり、重い物を持ち上げたり

この世界で魔力は無くてはならないものだった。


だが、ジニアには魔力が無かった。

町にいた頃はジニアに対しての風当たりが強かった。見兼ねたグロリオサは人目につかないこの森の中で2人で暮らしていこうと決めたのだ。


そして今日もジニアとグロリオサは魔力を練る為の特訓をしている。10年前から毎日1日も欠かさず特訓をしているが、未だにジニアは魔力を練れないままだった。



「おじいちゃん、ごめんなさい。

もうすぐ15歳になるというのに私は未だに魔力の1つも練れないまま…。私のせいでおじいちゃんまで悪く言われてしまう。」


「ジニア、そんな事気にするな。

この森にはお前を悪く言う奴なんて1人もいない。それに魔力なんか無くたっていいだ。

お前はもっと素晴らしいものを持っているのだから。」



ジニアには分からなかった。


魔力よりも素晴らしいものが自分の中にあるのかと。魔力が全てのこの世界でそれに勝るものを私は持っているのかと。



「そのうち分かるさ。さぁ今日はもう終わりにして休もう。」


「うん、おじいちゃん。」



グロリオサは曇った顔のジニアの頭を優しく撫でた。ジニアはこの手が大好きだ。

温かくて大きな陽だまりのような手が。



「私、魔力を出せるように頑張るよ。そしたら一番に私の魔法を見せてあげるね。」


「それは楽しみだな。」



決して裕福と言える家庭では無かったが、ジニアはいつも幸せそうに笑っていた。

そんなジニアを見ることがグロリオサにとっての幸せだったのだ。



月日は流れていく。草花が芽吹き、景色は緑に覆われ、いつの間にか一面が白に塗りつぶされる。


白の下から大地が見える頃、グロリオサの長い時間は終わりを告げようとしていた。

グロリオサは横たわるベッドの上で自身の命の終わりを感じていた。



「おじいちゃん、おじいちゃん

寒くない?私が手を握っていてあげるね。」


「ありがとう、ジニア

お前の手はとても温かいな。」



ジニアは今にも泣きそうだった。


自分の頭を優しく撫でてくれた大好きな祖父の

手が弱々しく冷たくなっていくのを自らの手の中で感じ取ってしまっているから。



「ジニア、よく聞きなさい。

お前はとても優しい子だ。それ故に1人で全てを抱え込んでしまう強い子だ。

だからそれを分け合える友を見つけなさい。

きっと、何処かにお前のように寂しがっている子がいるはずだ。お前は、その子のためにその優しさを分けてあげるんだよ。」



グロリオサの瞳が少しずつ閉ざされていく。

握りしめた手が少しずつ重くなる。



「おじいちゃん…置いていかないで。」


「ジニア…儂は、お前をここまで育てられた

ことが一番の誇りで、幸せだった。

……楽しかったなぁ。」



視界にモヤがかかり、ジニアの目にグロリオサの顔が見えなくなる。

大粒の温かな涙がグロリオサの手に零れ落ちていく。



「ジニア、15歳の誕生日おめでとう。

幸せに、な。」



柔らかな笑みを浮かべたグロリオサはそれ以来ピタリとも動かなくなってしまった。

握りしめていた手に温もりを感じない。

グロリオサはもう死んでしまった。



一晩中泣いていたジニアは気が付いたら眠ってしまっていた。

窓から差し込む朝日でジニアは目を覚ます。


一頻り泣いた。次にやることはもう分かっている。


ジニアはグロリオサを弔った。

彼の大好きだった花を持ち、墓前で目を閉じ手を合わせる。



「おじいちゃん、私頑張るね。

私と同じように寂しい思いをしている子の為に生きていこうと思う。

見守っていてね、おじいちゃん。」



その言葉は風に乗り、穏やかに吹かれていく。



草花の芽は芽吹き始めたばかりだ。





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