第41話 夏祭り、のその前に
夏休みの課題が全部終わったのは夏祭りの三日前、休みも残り一週間ってくらいのタイミングだった。最後の仕上げも羽須美さんに手伝ってもらったりなんかしつつ、これで何の憂いもなく楽しめるぜってな塩梅でやってきました、夏祭り当日。開催時間よりもけっこう早めに集まりまして、2人でいざ会場へ……向かう前に、一箇所だけ寄り道をします。場所はー……でけでけでけ、でんっ、着物屋さん。
「すみません、予約していた羽須美と申します」
「羽須美様ですね、お待ちしておりました。ではこちらの方へ──」
羽須美さんが調べてくれていた、浴衣のレンタルなんかもやってるお店。早期予約割やら学生割やらで、今回かなりお安く借りられるみたい。私たち以外にも夏祭りに行くっぽいお客さんたちがけっこういて、少しざわざわとしている店内の隙間を縫って更衣室へと案内された。
「ではこちらがお浴衣の方になります。着付けについてはご存知とのことでしたが──」
「あ、はい大丈夫です」
「かしこまりました。ご不明な点ございましたらお申し付け下さい。また、お化粧直し等は着付けの前にお願いいたします」
「はーい。ありがとうございます」
「いえいえ、それでは失礼いたします」
お上品な初老の女性店員さんがにこにこしながら下がっていって、けっこう広めな個室に、羽須美さんと二人きり。気持ち緊張気味な羽須美さんが、自分の浴衣を手にとって壁鏡の前に立った。
「大丈夫だとは思うんだけど……先に自分のやつやってみるから、ちょっと待っててね」
「りょーかい」
私なんて、渡された一式見てなんか思ってたよりひも多いな〜とか思っちゃうくらいには浴衣への知識がないわけなので、喜んでおまかせします。羽須美さん、着付けの仕方も調べて、事前に練習したりもしてくれてたらしく、もうこの時点で何から何まで任せっきりだ。現状、私がやったのなんて自分の分のレンタル代払ったくらいか? 頭の中でおかーさんが“奢られは隙っ、奢られは隙っ”ってシャドーボクシングしてて、そのほっぺたをお母さんが1万円札でぺちぺち、おとーさんは遺影の中で爆笑してる。そんな脳内家族の奇行を眺めながら、私は羽須美さんから少しはなれて化粧台の前に座った。
「んー…………ん、んぱ、んぱっ…………よし」
まあやることは一つだけだったので、あとはいつも通り鏡に映った自分を眺めて自己肯定感を高めていく……いやしかし、今日も恐ろしく可愛いな私。そのうち世界遺産とかになるかもしれない。
「──ん、オッケーっ」
そんなこんな盛れる角度30連発とかやってたら、横から羽須美さんの声が聞こえてきた。どれどれと立ち上がって見てみ
「うおめっちゃかわいい」
めっちゃかわいかった。
「ぁ、ありがとっ……」
照れると二乗でかわいい……っていうのはまあ、いつもそうか。前のめりにいっちゃったせいか、羽須美さんの目が泳ぎまくってる。
とにかく浴衣、えぁー……ほんの少しだけ緑がかった白をベースに、同じく濃すぎない色合いの黄やオレンジ、ライムグリーンのラインが無造作に入っていて、まぁー爽やかなこと。髪もまとめたみたいで、うなじの上辺りにまあるくできたお団子がキレイでもあり可愛くもあり。今日はまっすぐめだなーなんて思ってた前髪も、上まつ毛にかかるくらいのその長さが、和装と合わさって良い感じの艶っぽさを醸し出していた。
「とても非常にめちゃベリーグッド」
「ぇぁ、ぁっ、ぁっ、どっどうも……」
無限に褒めちぎりたいところだけど、それじゃいつまで経っても私の着付けができないってことで、しどろもどろな羽須美さんに止められてしまった。残念。まあ会場までの道中でやればいっか。ということで私も自分の分の浴衣を手に取り、壁鏡の前に立つ。
「ぇと、じゃあ黒居さん、下着とインナーはそのまま、ひとまず右前で羽織ってもらって……」
本格的にやるなら浴衣専用の下着も借りたほうが良いんだろうけど、まあ予算の都合でね? 脱ぎ着するあいだ羽須美さんはやっぱり後ろを向いたままで、ディフェンス能力は健在みたいだ。私たち以外誰もいないんだけども。
「できましたー。次はー……どのひも?」
「んっ。最初は腰紐……の前に、背中の線を合わせて……うんそう、で丈も調整して……」
正面に立ったり後ろにいったり、周囲をくるくる動き回りながら着付けてくれる羽須美さん。私はほとんど立ってるだけで、ときおり挟まる「ちょっとここ抑えてて」とか「キツくない? 大丈夫?」とかに返事をするくらい。自分で着るのと人に着せるのとじゃ勝手も違うだろうに、羽須美さんは楽しそうに私を着飾ってくれる。プールでのぎゅーとかむぎゅとかが功を奏したのか、たまに指先がお腹や胸の下なんかに触れても、その手が止まることはなく(びくっとはしてた)。そうして少しした頃には、私も立派な浴衣美人に仕上げられていた。
「おー」
「めっっっっっっっっ…………っちゃ、良い……っ!!」
羽須美さんが興奮気味に言うのも頷ける。鏡に映る私は、さっきまでよりもさらにさらに可愛くなっていた。
私が借りた浴衣は、羽須美さんとは逆に黒に近い紺色がベース。白や青、一つだけ赤の百合の花柄が散りばめられていて、ほどよくシックでほどよく可愛い感じのやつ。さすが私。そしてさすが羽須美さん。完璧な着付けだ。さす羽須。
「めっちゃ良い感じ。ありがとうねぇ、羽須美さん」
「い、いえいえっ、わ、あーしの方こそ、こんな良いものを拝ませていただい──!」
あ、気付いたかな。さっきまでは褒められてわたわたしたり着付けに集中したりで意識する余裕がなかったみたいだったけど……今、鏡越しに見える羽須美さんの視線は、私の顔の一点に釘付けになっていた。
「ん〜? どうかした羽須美さん? そんなに可愛い?」
なんてわざとらしく言いながら、唇をんぱんぱしてみる。いつもよりも鮮やかな発色の、赤い唇を。普段は中々使わないんだけど、この手の赤リップは浴衣に合うってことで今日はちょうど良かった。
「なっ、そっ、ん、わぁ……!」
羽須美さんは羽須美さんで唇をぱくぱくしてる。かわゆいねぇ。全部任せっきりっていうのも申し訳ないのでね、ささやかながら私もこうして、最初っからがっつり意識させてみちゃったりなんかしちゃったりして、ね?
「羽須美さーん? 時間もちょうど良い感じだし、そろそろ行こっか?」
「……っ、ぁっ、そ、そうだねへぇ……!」
声もほとんど裏返っちゃってる羽須美さんを促して退室の準備。着てきた服もお店で預かってくれるってことで、畳んで袋に入れる。それから、諸々つめた巾着を下げて、履物に足を通して。本物の下駄じゃなくって、下駄っぽい雰囲気の和柄サンダルだけど……こっちの方が安かったし、何より楽で足が痛くならない。程々に楽をするのは大事だ。
「お祭り楽しみだねぇ」
「そーっ、ぉだねへぇぇ……!」
入室時よりもがちがちになっちゃった羽須美さんの手を引いて、私たちは更衣室を後にした。
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