第42話 夏祭り


 一駅分も離れていない、歩いていける距離に大きな運動公園があって、夏祭りはそこで行われる。

 ……しかしこうしてみると、うちの高校ってめちゃくちゃ立地が良いなぁ。もしかしたらこれも、校風と並んで妙に志望倍率が高かった理由のひとつなのかもしれない。改めて去年の私、大儀であったぞ。そして羽須美さんありがとうBIG感謝FOREVER。


 という感謝の気持ちをぜんぶ、浴衣姿への褒め言葉に変換して口からだばーっと垂れ流しながら歩いていたものだから、お祭りの喧騒の中に入り込む頃には羽須美さんはすっかり出来上がってしまっていた。日もほとんど落ちて薄暗い中でも、顔に耳にうなじまでまっかっかなのがよく分かる。のぼせないように、水分もちゃんと摂取しましょうねぇ。


「おぉー、人だらけ」


「す、凄いよね」


 公園の周囲の道路は当然ながら通行止めで、お客さんでごった返している。気を抜くとはぐれてしまいそう。そしたらなのでというわけで、ここはやはりお手を……


「く、黒居さんっ」


「あい」


「て、て、てぇ、繋ごっか」


「……うんっ」


 こちらが手を伸ばすより先に、羽須美さんの方からギュッと握ってきてくれた。私の右手と羽須美さんの左手が、思いっきり恋人繋ぎな形で結ばれる。肩もくっつくくらい近づけて、人波で分かたれないように。

 熱くてしっとりした手の感触をにぎにぎして楽しみつつ反応を窺ってみたら、なんと羽須美さんも同じようににぎにぎし返してきた。これはすごい。顔の赤みは引いてないけど。楽しくなってもっとにぎにぎ、そしたら羽須美さんもさらににぎにぎ、二人でおにぎりでも握っとるんかってくらいにぎにぎにぎにぎしながら、公園の敷地内に入る。焼きおにぎり食べたい。


「小腹も空いてきたし、黒居さんも何か──」


「焼きおにぎりー」


「いいね。あーしはやっぱ焼き鳥とかかなぁ」


 なんて話をしてるあいだにも、美味しそうな匂いがそこかしこから漂ってくるわけで、なおのこと胃を刺激される。正直もう小腹どころじゃなくて、ひとまず近くにあった焼き鳥屋台の列に並んだ。お祭りの屋台といえば料金が割高なのはどこも変わらないけど……まあ今日はお小遣い放出デーだし、浴衣のレンタル代も含めて、おかーさんたちから“お祭りが終わったらちゃんと帰ってくる”という条件で追加も頂いているので、ケチケチしないでいこう。


「あー、焼きとうもろこしとかも良いなぁ」


「……あーしも食べたくなってきたかも」


「イカ焼きも良いかも」


「確かに」


「あ、たこ焼きもあるぅ」


「あぁー……」


 列を待つあいだに改めて周囲の屋台を見てみるけれども、そうすればするほどに目移りしてしまう。二人してお腹をおさえ、顔を見合わせて、それから。


「……い、いったん別々に並んで買い集める?」


 羽須美さんがそんなふうに提案してきた。ただし手はばっちり握ったまま、なんならさっきよりもさらににぎにぎさせつつ、だけど。からだは正直ってやつだ。これ狙ってやってるのかな? 無意識なんだとしたらあまりにもかわゆいんだけど。こーれは負けていられませんなぁ。


「……んーん。一緒がいい」


 言いながらさらに半歩からだを寄せて、肩をすりすり。いやまあ借り物の浴衣だから、あんまり思いっきりはやらないけれども。その分、やってる私もこしょばいくらいに優しく。


「そっ!? そーっ、そう……うん、ぁーしも……」


 そうやってテレテレする羽須美さんを愛でているうちに列も進んで、私たちは無事、紙コップにぎゅうぎゅう詰めにされた二人前の焼き鳥をゲットできた。あぁ〜タレの香りぃ〜。

 その後もまぁイカ焼きたこ焼き焼きもろこしに焼きおにぎりと欲望のままに買いまくり、これどう考えても歩きながら食べるの無理だよねってことで、屋台ゾーンから少し離れたベンチスペースへ。こっちももちろん人で賑わってはいたけれど、幸い二人がけのちっちゃいやつが空いていたので私たちで占領しちゃいまして。


「「いただきます」」


 うめぇ。

 ぜーんぶタレ味。この大雑把な味付けがたまらんね。


「うーむ、お祭り屋台の味」


「だね」


 最初っからそれを味わう腹づもりなのだから不満なんてあるはずもなく、二人でむしゃむしゃ食べ進める。ちょうど、このベンチスペースを挟んだ料理屋台ゾーンの反対側にテキ屋とかくじ引きとかの出店ゾーンがあって、後であれやろうこれやろうみたいな食べながらの会話も進む進む。


「──しまった。お、帯が……」


「……うん、ちょっとキツくなってきたね……」


 あっというまに全部食べきっちゃって、それでお腹まわりがちょいと苦しいなんてハプニングはありましたが……まぁーあまぁまぁ、そんなぱんっぱんになるほどってわけじゃないし、動いてりゃ消化も進むでしょうと二人で笑った。ベンチを独占し続けるのもあれなので、食後の休憩は少しだけ。


「あ、まって黒居さん。口元にタレついてる」


「え、どこ、こっち?」


「反対側、そうそうそこ」


 危ない危ない。まあタレ付きでも仁香ちゃんは可愛いわけですけれども、浴衣でそれはさすがにちょっと締まらない感はある。巾着から手鏡とポケットティッシュを取り出して手早く拭い取り──くしゃっと丸めようとした手が、少しだけ止まった。


「……ねぇねぇ羽須美さん」


「うん、綺麗に取れてる──」


「やっぱめちゃ赤くて可愛いね、


 今度こそ丸めたティッシュを握り込んだ左手で、唇を指す。タレと一緒に少しだけティッシュに付いたその赤色は、ぼわっと赤熱した羽須美さんのほっぺたといい勝負だった。

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