第39話 今はまだ
「──せ、センキューっ」
羽須美さんもなんだかんだノリが良いよね。
一曲歌い終える頃にはすっかり緊張も解けたみたいで、しかしこうさすがと言いますか、ほんとになんでもできる人なんだなぁって。
「羽須美、逆に何ならできないん?」
「ん?」
上下コンビが思わずそう呟いてしまうくらいには完璧超人な羽須美さん。そんな彼女さんからマイクを受け取りましては、私の手番でございます。流れ出したのはアップテンポではないけれど明るくて、でも穏やかな曲調のやつ。こういう雰囲気の曲が好き。歌いやすいってのもあるし。
立ち上がって、
「〜〜♪」
穏やかな日常の中のちょっとした出来事に幸せを感じる的な内容の歌詞を、ゆっくり歌っていく。御存知の通り私は体力ないし筋力もないし腹式呼吸?とかも当然ながらできやしない。だから声量も出ないし、何なら抑揚にも乏しい。
だけども、それを差し引いても単純に、我ながら歌声が良い。
「「おぉー……」」
いわゆるウィスパーボイス?とかに近い感じの、みんなとはまた違う私の声に上下コンビも感心している。基本的に見た目にステータスを全振りしてる私だけど、歌はうまいのだがはは。まあ声も外見のうちってことでね。どんなもんだいと、間奏のあいだにドヤ顔で羽須美さんを見てみ──と、溶けてる……
「羽須美?おーい羽須美……ダメだ死んでる」
なんてこったい。
上山さんが目の前で手を振っても全くの無反応で、ただただ幸せそうに口を半開きにしてソファにもたれかかっている羽須美さん。わりとヤバめな絵面だ。こんなに効果があるとは……とりあえずそのまま一曲歌い切る。
「──せんきゅー」
マイクを置き、猫背に戻って座り込んだときにも、羽須美さんはまだトリップしたままだった。軽く肩を揺すって……ダメだ戻ってこない。かくなる上は……
「羽須美さーん?」
「──ひゃいっ!?」
耳元で囁きかけてみる。
びくぅ!って体が跳ねて、羽須美さんは正気に戻った。
「お、生き返った」
「った」
「や、あんまりにも良すぎて……」
頭を振りながら姿勢を正す羽須美さん。顔は少し赤くなっていて、そこまで気に入ってもらえたなら頑張って歌った甲斐もあったというものだ。
「あ、二周目は私、パスでー」
「え、良いん?」
「体力がね……」
「あぁ……」
背すじを伸ばすのにもゲージを貯める必要があるし。あんまり気軽に使える技ではないのだ。体力回復に務めるべく、私はフライドポテトに手を伸ばした。
◆ ◆ ◆
まあそんなこんなで楽しく歌うことしばらく。
「なー黒居」
「んー?」
みんなちょっと小休止って流れになって、ピザとか頼んだりなんかしちゃって。羽須美さんがお花を摘みに行ってるあいだに、上山さんがさらっと言ってきた。
「黒居と羽須美って付き合ってるん?」
「るん?」
「……うーむ、どうしてそう思ったのかな探偵さん?」
「やーまあ、どっちも明らかにお互いにだけ態度違うし」
羽須美さんは確かにそうだろうけど、私も? ……いや私もなんだろうなぁ、たぶん。
「久しぶりに会ったと思ったら、それがさらに露骨になってるし」
「し」
「あとストラップもろおそろじゃんとか、まあ色々?」
……これ、バレるべくしてバレてるなぁ。そりゃあ、近くで見てれば勘付きもするか。ピザをキレイに八等分しながら、上山さんは言葉を続ける。
「秘密にしてる感じ?」
「まぁー……今はまだ?」
絶対バレないように、ってほどじゃない。もう少しのあいだだけ。
「じゃあこの会話は無かったということで」
「で」
「ふふふ、お主も悪よのぉ」
「ジャンルころころ変わりよるな……」
切り分けられたピザをひと切れ貰う。うにょーんと伸びるチーズがなんとも食欲を刺激してくらぁ。下谷さんにも取り分ける上山さんを見て、私もふと言ってみた。
「そーいうお二人さんはどうなんですー?」
がたん。テーブルに膝を強打した音。発生源は下谷さん。
「や別にわたしは上山のことどうとかいうアレじゃないしわたしが好きなのはあくまで上山の神乳であって上山自体はただの友達っていうか乳友みたいな感じで別にそういうアレではないし」
「こういうこと」
「なるほど」
そっち待ちかぁー。
ちょっと意外だ。普段あれだけ遠慮なしに上山さんの乳をガン見してるくせに。
「ただいまー……何この空気?」
ちょうど良く羽須美さんも帰ってきた。
「なんでもない今ちょうど上山の乳の素晴らしさについて語ってただけそうだ羽須美も聞いてけいいか上山の乳は日々進化を遂げていて今朝あたまに乗せた限りだと総重量が」
「え、怖い怖い怖い」
ピザ片手に饒舌にしゃべり倒す下谷さんを、上山さんは面白そうに見つめている。さっきの反応を鑑みれば、なんとなくパワーバランスも分かってくるというか。この二人に比べれば、私と羽須美さんなんて全然素直な関係なんだなぁ。
「……? どうかした黒居さん?」
「んにゃ、見てただけー」
「そ、そう」
神乳(上乳?)談義を聞き流しつつ、なんとなしにそんなやりとりをして、そりゃこんなことしてりゃバレるわなーなんて、ちょっとおかしくなったりもしつつ。そのあともまあ、気付けば日が暮れるまで四人で歌い倒した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます