第38話 カラオケ
羽須美さんちで課題を進めてから、数日後のこと。
「──というわけでー……おひさウェーイっ!!」
「ぇーい」
三週間ぶりくらいに会ったらいぇーいがうぇーいに進化していた。誰の話かって言うとそれはもちろん、上山さんと下谷さんである。カラオケボックスの一室で、久しぶりに揃った四人でグラスを掲げる。上山さんのテンションはすでに最高潮だ。
「うぇーい」
「ウェーイ……?」
羽須美さんがアイスティー片手に“え、あーしらそんなノリだっけ……?”みたいな顔してるけど、私には分かる。きっと辛かったんだろう。補習が。幾日にも及ぶ地獄の日々、ギャルからパリピへとクラスチェンジでもしないとやってられなかったはずだ。私だって羽須美さんの救いの手がなければああなっていたかもしれない。パリピ仁香ちゃん。うぇーい。あ、でも羽須美さんに女教師ーって感じの格好してもらって二人きりの補習授業とかは受けてみたいかm──この妄想、前もしたな?
「普通、もっと真面目になってるとかじゃないの?」
「あたしらがそっち方面に進化すると思う?」
「思う?」
「や、まぁーそうだけども……」
曲よりも先に、適当につまめそうなものを何品か注文しつつだべだべ(駄弁るという意)する私たち。夏休みに入ってからはLINEでのやりとりだけだったけど、こうして集まるとすぐにいつもの昼休みみたいなノリに戻れて、なんというかフレンドシップを感じる。こ、これが友情パワーか。
「ってわけで歌うぜぇー今日はもうめっちゃ歌うぜぇー」
「ぜぇー」
夏休みも後半になってようやく補習の全行程を終えたということで、上山さんはフラストレーションを解消する気満々みたいだ。日数自体はそこまで多くなかったみたいだけど、全教科赤点を取った場合は各教科のスケジュール上、休み全体にまたがって広い期間で補習を受ける形になってしまうらしい。まあ、これも学校側からの罰といったところか。
「あはは……じゃあ二人さき入れなよ。良いよね黒居さん?」
「どうぞー」
カラオケくるのけっこう久しぶりだからねぇ、最新のデンモクの仕様とかをゆっくり確認してみたい。二つあるうちの一つを上下コンビ、もう一つを私と羽須美さんで使う。マイクも二つ、こっちも自然と二人ずつに。頼んだフライドポテトやらお菓子やらが来た辺りで、上山さん下谷さんの順番で曲が入って、しょっぱからかなりハイテンションでポップなイントロが流れ出した。
「あーあー……っしゃぁっ」
立ち上がり、音響設定から喉の調子までばっちり整えている上山さんと、リズムに合わせて揺れるその横顔……いや横乳を眺めている下谷さん。ぶれないなぁ。お、上山さん歌い出した。上手い、歌い慣れてる感じだ。声量とか抑揚の付け方とかも安定していて、カラオケ来慣れてるんだろうなぁって分かる歌声。
「うーむ……」
と、音楽に紛れて小さな声が聞こえてきて、私の意識はすぐにそっちへ移る。となりの羽須美さんが、からだを小さく揺らしながらデンモクをたぷたぷ弄くっていた。かわゆい。特定の曲を探してるっていうよりかは、話題の新曲一覧!みたいなところから知ってるものを見繕ってるみたい。事前に聞いてた限りだと、普段は流行りの曲から好みのもの聞いてるらしくて、とくに追っかけてるアーティストさんとかはいないとのこと。私もおんなじ感じだ。
「──ンセンキュゥッ!」
二人して一覧を眺めたり歌詞を確認してるうちに、上山さんの曲が終わっていた。まだ一曲目なのにツアーライブ最終公演終盤みたいな顔してる。ノリノリだ。
「ほいマイク」
「ん」
次いでマイクを受け取った下谷さんが歌うのは、上山さんのと同じアーティストさんの曲。だけど曲調は一転してバラードで、落差凄いなぁとか下谷さんも歌い慣れてるなぁとか考えてるうちに、隣からデンモクが差し出された。
おまたせ。いえいえー。
みたいなやり取りを目しながら機器を受け取り、羽須美さんと同じく流行曲一覧を開いて眺める。さっきとは逆に、今度は羽須美さんの方が横から覗き込んできた。やっぱりそのからだは小さく揺れていて、つられて私の肩も右に左に。ちらっと見た上山さんは豪快にポテトを頬張りながら“あたしが育てた”みたいな顔をしていて、みんな全身全霊で傾聴ってわけじゃないけれど、たぶんこのゆるーい空気感こそがカラオケの良いところだよねぇ。
「──せんきゅー」
絶対そういうノリの曲じゃないだろうに、わざわざ私たちの方を向いて歌い終える下谷さんでちょっと笑ってしまう。上山さんの表情からするに、これも彼女が仕込んだと見て間違いないだろう。仲良いねぇ。
「……そのセンキューっていうの、あーしもやらないとダメなやつ……?」
続く羽須美さんは、なんとも言えない顔してるけど。私の彼女さんは座ったまま歌うタイプみたいで、この仁香ちゃんの類まれなる羽須美さん観察アイによると、ちょっと緊張してるっぽい。視線はモニターと私を行ったり来たりしていて、まあつまりそういうことだろう。
「すぅっ──」
曲入りと同時に歌い出したその声はちょっと上擦っていて、それでも上手だって分かる美声。ポジティブでアップテンポな恋の歌。気になるあの人に振り向いて欲しい、みたいな。今日は髪もメイクもばっちり決まってるしきっと大丈夫、みたいな。服装も流行りを取り入れて良い感じ、みたいな。なんとなしにデートの日の羽須美さんが思い起こされた。あの羽須美 綾ルームで、こうやって自分を鼓舞している姿が、まるで見てきたかのように脳裏に浮かぶ。自然と私のからだはリズムに乗って、そうしたらほら、ちらちらとこちらを見ていた羽須美さんの声と顔から、強張りが取れていく。
やっぱり、キレイな声。喋り声よりハイトーンで、だけども変わらず聴き心地が良い。部屋の四方のスピーカーからの声と、すぐ隣だからこそかすかに聞こえる生の声、両方が合わさって少し不思議な感覚。
「羽須美うめぇー……」
「めぇー」
間奏のあいだに漏らす上山さん、ヤギと化した下谷さん。ついつい私の方が得意げになってしまう。この子、私の彼女さんなんですよ。
「すごい、めっちゃうまい。私の好きな声」
「ど、ども……」
褒めたら無愛想系バンドマンみたいな返事が返ってきた。かわゆいねぇ。
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