第31話 へいギャルズ
まーーあその後が大変だった。
おかーさんもお母さんもいたく感動してお礼を言い倒して、羽須美さんがいえいえいえいえって謙遜して、そこまでは想定の範囲内。ただそのあと。
「一緒にお勉強してるなら分かると思うけれど、仁香ちゃんって学力はけっこうアレじゃない?」
「えー……えぇ、まぁ……」
「その仁香ちゃんがね?私たち三人が家族として楽しくやっていけるようにって、本当に一生懸命勉強していたの」
「普段あんなにやる気のない仁香がよ?アタシ達はもう感激して感激して」
「……素晴らしいことだと思いますっ!本当に……!」
「そうでしょうそうでしょう!」
とかなんとか、慣れない勉強なんかに勤しんでた当時の私を三人して褒め殺し始めたんだから堪らない。とっても良い子。優しい。素晴らしい親孝行。そういう、その、そのー……そんな感じで内面を褒められるっていうのは、なんだか全身がムズムズして落ち着かないのだ。
そうじゃないじゃん。黒居 仁香の良いところって言ったら顔面じゃん。もっとこう、顔の話とかしようよ……って言ってもだーれも聞く耳を持たず、しばらくのあいだ私の中にあるらしい優しさとやらを賛美されて。しかもそれを否定してしまうと、そんな私を助けてくれた羽須美さんの行いまで軽んじてしまうことになるから、下手に言い返すこともできず。めちゃくちゃ恥ずかしかった。参った。
……まあ、お母さんたちの中で羽須美さんの印象がプラス方面に天元突破したのは、良かったけれども。
そんなこんなでようやく解放され、私たちは部屋で夏休みの課題に取り組み始めた。予定より大幅に遅れてのスタートだったけど、羽須美さんは元より私の方も私とは思えないくらい進んでいたので、とくに難しいところなんかは手伝ってもらいつつ、今日でできるところまでやっちゃおうってな塩梅に。量だけで言うと中学の頃よりも少なくなってるし。羽須美さん曰く、自主性を求められてるってことらしいけど。
部屋に入ったときにはきょろきょろしたり呼吸が乱れていたりした羽須美さんも、持ってきたメガネ──今日は赤縁の方だった──をかけてからはひとまず家勉モードに入って。二人してかりかりとペンを動かすことしばらく。先のテスト勉強期間のおかげか、羽須美さんと一緒ならいつもよりも集中できるようになった私も、今日までに進めたいねと話していたラインはサクっと越えられた。羽須美さんはいわずもがな。
そこからさらにもう少しとテキストを進めていた、斜陽の頃合いの少し手前くらいの時間。ちゃぶ台の上においていた二つのスマホが震えて、ハスミちゃんとクロイちゃんがカタカタ音を鳴らした。
〈へいギャルズ〉
「なんかきた」
「きたね」
上山さんからのLINEだった。上・下・黒・羽、四人のトークルームにぽんぽんっとメッセージが連投されていく。
〈夏休みはいかがお過ごし?〉
〈あたしと下谷は補習で頭おかしくなってんだけど〉
〈壊れた脳細胞を修復するためにも、どっか遊びに行きたいわけよ〉
〈よ〉
最後のだけは下谷さん。前フリは何もかもおかしい気がするけど、要するに四人で遊びに行こうぜって話だ。
「だってさ」
「……課題も順調に進んでるし、良いとは思う、けど……」
もにょぉ……と言葉尻を濁した羽須美さんの言いたいことは分かる。デートの時間を減らしてまでは……ってことだろう。ペンを置いてスマホを手に取り、返信を送る。
〈日によりけり〉
〈そりゃそうだわ〉
〈じゃあこの日は?〉
直近の日にち。うーむ。
「この日は一緒に水着買いに行くからなぁ」
「だね」
私がごめん用事があると返すのと同時に、羽須美さんも自分のスマホでトークを確認しだす。
〈そかー。じゃあこの日は?〉
「ここはプールに行く日」
「だねー」
今度は羽須美さんがその日はちょっと……と返信。上山さんは四人みんなで遊びに行きたいみたいだから、全員の予定が合う日を探す形になりそうだ。
〈この日は?〉
「後半の課題進捗の確認日」
〈こことか〉
「あ、ここはあーし私用があるなぁ。この辺とかはどうだろ?」
〈あーごめん、その辺りはあたしと下谷が補習だわ〉
「あららー」
〈そしたらこの辺りは?〉
「もろ、夏祭りの日だねぇ」
詳細は伏せつつ、私もしくは羽須美さんのどっちかが予定ありの返信をすること何度か。上下コンビの夏期補習が立ち塞がることも少々。もちろん夏休み全日埋まってるなんてわけではないので、最終的には後半の方の一日でみんなのスケジュールが合って、そこでカラオケにでも行こうって話にまとまった。
そういえばいつだか、近場で遊べる場所を案内してくれるって言ってたような気もするし、もしかしたらそれも兼ねてかなぁなんて考える。上山さん、義理堅いギャルだ。
〈いやしっかし、羽須美も黒居も夏休み忙しんだね〉
「「…………」」
何気なく送られてきたメッセージに、羽須美さんと顔を見合わせてふっと吹き出してしまう。断りを入れた日のほとんどに二人で一緒に過ごす予定が入っていて、なのに素知らぬ顔で別々にごめんと言っていたのが、なんだか面白かったから。
「羽須美さん。家族とか、上山さん下谷さんとか、クラスメイトとか、まだ言わなくていいの?」
「……うん、もうちょっとだけ」
聞いてみれば羽須美さんは、なんだか意味深な返事をくれて。まあ、残りのスタンプ数だとか夏休みだとかって点を鑑みれば、彼女が何を以って私を“彼女”と公言するかについても、なんとなく察しがついた。それが休み中に叶うのか楽しみにしつつ、スマホを置いて、今日はもう少しだけがんばろう。
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