第23話 勉強会


 というわけで羽須美さんにテスト勉強の面倒を見ていただくこと、はや数日。

 放課後の教室で全教科満遍なく(全教科ダメなので)教えてもらって、お陰様で練習問題の言ってることが少しは分かるようになってきた気がする(解けるわけではない)、そんな週末。


「──おじゃましまーす」


 折角の休日だしがっつり勉強しよーぜってことで、私はいま羽須美さんのお宅を訪れています。

 最寄り駅よりも少しだけ歩く距離にある住宅街の一角。クリーム色の二階建ての一軒家。良いところに住んでおりますねぇ〜。


「い、いらっしゃいませぇ〜っ」


 そんな場所のインターフォンを押したら美人な店員さんが出迎えてくれたものだから、一瞬、間違えてお洒落なカフェに入ってしまったのかと思った。よく見てみると店員さんじゃなくて、ガチガチに固まって妙なことになってる羽須美さんだった。こう言っちゃなんだけど、予想通りの様子でちょっと嬉しくなってしまう。


「今日はよろしくお願いします」


「こちらこそ、ふふ、ふつつつつつかものですが……」


 謙遜が過ぎる。

 緩く一本結びにした髪は自宅仕様なのだろうか。良さげな質感のスウェット&良い生地使ってそうな七分丈シャツも恐らく部屋着……なんだろうけれども、こう、しれっと気合が入ってる感が垣間見える。私なんか普通にジーパンTシャツで来ちゃったんだけど。可愛いでしょ。


「あ、これよければご家族の皆さんに」


「ぇあ、あー、これはこれはご丁寧に……」


 “彼女の家で勉強してくるーっ”て言ったらぐぬぬ顔した両親から持たされた菓子折りを渡す。ここまでするほどなのだろうかと考える傍ら、でも、ここまでするほどかもなぁと思い始めている自分もいた。

 羽須美さんの後ろをついて進み、リビングで寛いでいらっしゃったご両親──穏やかなお父様と、お上品な雰囲気のお母様だった──に軽くご挨拶。勉強頑張って、というありがたい激励を頂きつつ、羽須美さんの部屋がある二階へ向かう。

 

「あとは弟がいるんだけど、今日は朝から遊びに行ってて」


「へぇー、元気なんだねぇ」


 まあ、かくいう私も午後イチで彼女さんの家にお邪魔しちゃってるわけなんですけれども。

 階段を登り、弟くんの部屋の前も通り過ぎ、今日のステージたる羽須美 綾ルームが近づいてきた辺りで、私は彼女へ問いかける。ここなら下のご両親にも聞こえないだろうし、ね?


「んで、羽須美さん?」


「な、なんでしょうか?」


「ご家族には私のこと、なんて伝えてるの?」


「……………………仲の良いクラスメイト、です……」


「ふぅーん」


 気まずそうに逸らされた顔の、耳と頬は真っ赤っ赤だ。学校でも付き合ってますとは誰にも言っていないし、羽須美さん的にはそこを断言するのはまだ恥ずかしいらしい。かわゆいねぇ。




 ◆ ◆ ◆




 そうして、勉学に勤しむことしばらく。

 

「──ちょっと疲れてきてるかもね。一旦休憩しよっか」


「うーむ……りょーかい」


 数学の練習問題でケアレスミスが増えてきた辺りで、羽須美さんから一旦ストップのお声がかかった。紅茶とおやつのおかわりを持ってきてくれるとのことで、ありがたくお願いしつつ、体を伸ばして息を吐く。今日の勉強会用に引っ張り出してきたらしいテーブルの下で、両足もぐぐーっと。


「…………」


 主のいなくなった部屋を、ゆっくり眺めてみたりして。あまり物を持たないたちなのか、大きな家具はテーブル以外だと一人用デスクにベッドにタンスくらいで、あとは白い壁紙と調和する、派手すぎない色味の小物がころころと。手を上に掲げてぐーっと背筋を伸ばしてから、吐いた息の分ゆっくり大きく吸ってみる。普段ふとした折に香る羽須美さんの髪の香りが、少し濃いような気がした。たぶん、シャンプーにスタイリング剤にオイルにと諸々混ざった香りなんだろうけど。こう、うるさい混ざり方じゃなくって、柑橘系で纏まってさわやか~な感じのやつ。オレンジライム(推定)。


「…………」


 良い気分になりつつ反らせた体を猫背に戻せば、テーブルの上に置かれた教科書ノート筆記具そして──畳んで置かれたメガネが視界に入った。


 ……メガネの羽須美さん、可愛かったな。

 そう、メガネなのだ。四角っぽくて、髪色とのコントラストがとてもとても良きなお洒落赤フレーム。羽須美さん曰く気持ちの切り替えも兼ねた家勉用のもので、普段はコンタクトらしい。その言葉通り装着中は勉強スイッチがばっちり入ってるみたいで、玄関先での緊張もどこへやら程よく厳しく程よく優しく面倒を見てもらっていました。

 

 そういえば以前、中学生の頃はメガネちゃんだったって言ってたっけか。とにかくその、対面から真面目な表情を見せてくるメガネ羽須美さん略してメガ羽須美さんがけっこう、いやかなり良かった。


「もしや、私はメガネフェチだった……?」


 そんな独り言が漏れてしまうくらいには良い。

 目の前に鎮座するメガネを眺め、うむうむと唸る。こうなると俄然気になってきてしまうのは、中学時代の羽須美さんの姿だ。本人が言い表すところの“黒髪メガネちゃん”から抱く印象は、やっぱりおとなしめな文学少女然とした雰囲気だけど…………どうだろう……何メガネだったんだろう……気になる、無性に気になる。やっぱり黒縁なのかな。それともまさか、この赤フレームを当時から愛用していた……?だとしたらそれで地味な黒髪メガネちゃんは無理があるというか、その時点でだいぶおしゃかわな気もするんだけど……うーむむむ、気になるぅ。


「──えっと、な、何が?」


 おっとまたしても口に出ていたらしい。トレイを持って戻ってきた羽須美さんが、座りながら問いかけてきた。丁度良い、こういうのは一人で悶々としていてもしょうがないので、本人に直接聞いてみましょう。写真付きで。


「羽須美さんの、中学の卒アルとか見たいなーって」


「……へぁ?」


 腰を下ろしかけた姿勢でフリーズしてしまった。体幹トレーニングかな?

 

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