第22話 苦手なこと
普段の体育の授業、そして先の球技大会で、私が運動苦手ガチ勢だということは遺憾なく示されたと思う。羽須美さんも「あんなにゆっくりなボールを避けられないの可愛かった」「投げるときのフォームが信じられないくらいへろへろで可愛かった」って言ってたし。けれども一方で、私には運動と双璧を成すくらいに苦手なことがもう一つある。そう、勉強だ。
つまり私は運動も勉強もできない、ただただとてつもなく顔が良いだけの女なのだーがははー。
……はい、なんで急にそんな自虐風自慢をしだしたのかと言うとそれは──我ら学生にとっての大きな苦行の一つ、前期末テストが着々と近づいてきているからなんですねー。7月末にはやっほっほー夏休み、しかーしその前に立ち塞がるでっかいでっかい壁。テスト準備期間の前に球技大会があったのは、勉強苦手運動しゅきしゅき勢へのせめてもの慰みだったという説が我ら三組のあいだでもっぱら囁かれている。勉強苦手運動苦手勢にしてみればただの苦行二連チャンなんだけども。
とにかく今日からそのテスト準備期間。各部活は活動縮小、授業も先生によってはテスト範囲の復習混じりのものになったりならなかったり。べんきょーって雰囲気が学校全体に漂い始めている、そんなお昼休み。さっきも言った通り私は勉強もてんでダメだから、結構ヤバい。どのくらいヤバいかって言うと、そう。
「──テストマジヤベーイ!イェーイっ!」
「ぇーい」
「いぇーい」
上山さん下谷さんと三人で現実逃避ギャルピしちゃうくらいには。
対面の羽須美さんが“普段からちゃんと勉強しないから……”みたいな顔で「黒居さんのギャルピース……!」ってこぼしてて、たぶんだけど心の声と逆になってると思う。あ、手首の怪我は数日もしないうちに治りました。良かった良かった。
「羽須美さんもほら、いぇーい」
「い、いぇーいっ…………じゃなくてっ」
意味もなくクアドラプルギャルピをキメて、それから一拍置いて羽須美さんが正気に戻った。その口から語られるのは、私たちが必死に忘れようとしていた恐ろしい事実。
「赤点取ったら夏休み中に補習あるんだよ?三人とも今からでも勉強しないと」
「「「うっ」」」
そーなのだ。このままいくと、楽しい楽しい夏休み中にも登校して授業を受けなければいけなくなってしまうのだ。非道にもほどがある。中学の時はこんなのなかったのに。
「そりゃ、高校からは留年っていう最悪の事態があるんだから。先生たちもそうならないように手を尽くしてくれてるんだよ」
羽須美さんが言うには補習はむしろ優しさってことらしいけど、正直にわかには信じがたい。言ってることはその通りでも脳が受け入れるのを拒否している。私も思春期らしくなってきたな……
「しなければならないのか……勉強を……」
「つれぇ……」
上下コンビも苦しみに満ちた顔だ。苦しみすぎて下谷さんが自分の言葉で喋ってる。そんな一年三組学力ワースト3(暫定)な私たちに対して恐らく余裕の上位勢な羽須美さんは、さすがに少しばかり呆れたような視線を向けていた。でも、そういう目で見られるのってなかなか無いから、これはこれでなんだか新鮮かもしれない。
◆ ◆ ◆
そしてまあ、帰り道。
二人だからこそ話せることなんかは、この短い時間で。足りなければ全然LINEとかしますけれども。
「夏休み、さ」
「うん」
おずおずと切り出してくる羽須美さんとの距離は、肩が触れるか触れないかくらい。人の目があるときには、あんまり手を繋いだりはしない今日この頃。隠してるって言うよりも、羽須美さんが恥ずかしがるので、ね?強がって慣れたふりができるのは、二人っきりのときだけらしい。
「色々、やりたいことがあって」
「うんうん」
「で、デートもたくさんしたいし」
「したいねぇ」
「夏だしっ、ぷ、ぷ、プール行ったりだとか」
「良いねぇ」
「8月の後半には、夏祭りもあるから。その、あの……」
「行きたいねぇ。一緒に」
「っ!うんっ、黒居さんと、色々したいっ」
嬉し恥ずかし楽しそうに、羽須美さんは何度も首を縦に振って。だけども直後、その眼光が少しばかり細まる。
「でもその為には、補習を回避しなくちゃいけません」
「ぬぅぅん……」
途端に、私の心がしおしお萎れていく。
もちろん私だって、補習は避けたい。でもそのためにはテストでちゃんと点を取らなきゃで、テストでちゃんと点を取るには勉強しなきゃで、そして何度でも言うけど私は勉強が苦手だ。教科書見てると眠くなる。心地良いまどろみじゃなくって、体が耐えきれずにシャットダウンしちゃうみたいな、あんまり好きじゃない寝落ちをしちゃう。我ながら、高校受験のときは本当に頑張ったと思います(当社比)。
だものでまあ、どうしても渋い顔になってしまって。羽須美さんはそんな私へ、真剣な眼差しを向けてきた……と思いきや頬がちょっと赤くなってた。0.3告白時くらい。
「もし、もしね?もしそのー、もし、もし……」
電話かけ始めたのかと思ったけど違った。もしよろしければ、のもし。きゅぴーんと察する。羽須美さんの厚意。いや好意かな。どっちもか。とにかくそれへと、私の方からも手を伸ばす。
「羽須美さん」
「は、はいっ」
「勉強おせーて?」
小首をかしげて、必殺のおねだりポーズで。
羽須美さんは大きく仰け反った。
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