第24話 アルバムの中のその人を


「ぇ、や、えぇ、やぁーっ、あのそのっ……」


「いや?」


「いやでは、ないけど……」


 ないけど恥ずかしい。顔にそう書いてある。

 ギギギっと錆びついたような動きで今度こそお尻を着けた羽須美さん。前に聞きだしたときもそうだったけど、本人的には中学時代の話は羞恥を伴うものらしい。


「黒髪メガネちゃん時代は、黒歴史?」


「そういうわけじゃない、けど……」


「けどー?」


「今とあの頃じゃ我ながら見た目のギャップが大き過ぎて、こう、なんといいますか……」


 いわく、形容し難い気恥ずかしさ。らしい。


「……というか、何でまた急にっ?」


「メガネの羽須美さんが可愛かったから」


「ふぉあっ!?」


 さっきは装着と同時に勉強モードに入っちゃったから言い控えたけど。これが見られただけでも今日来た甲斐があったって思えるくらいには、メガ羽須美さんはグッドなのだ。教える・教わるという立場もあってか、ちょっと家庭教師っぽさもあってそれもまた良かった。スーツとか着てほしいですね。

 ……というようなことをつらつら語って聞かせたら、羽須美さんはメガネと私の顔を交互に見るだけの機械になってしまった。視線の動きのキレが凄まじい。顔は真っ赤だけど。うーむ、難しいところだけど……0.9告白時は超えてくるか……?

 この反応の良さは、メガネを外して通常モードに移行したからというのもあるんだろう。やっぱり今のタイミングで言って正解だった。テンパり羽須美さんを肴にアイスティーを味わう。うめぇ〜。


「そ、はっ、ひぃ」


 なにか言おうとして、でも変な悲鳴で自ら上書きしてしまう。みたいなことを数度繰り返してから、ようやく羽須美さんは落ち着きを取り戻した。まだほっぺた赤いけどね。


「……そっ、れは、ありがとうだけど……じゃあ、中学のアルバムみたいっていうのは、つまり」


「うん、メガネっ子時代も見てみたいなぁーって」


 もちろん、そもそもギャル風じゃない黒髪羽須美さんを見てみたいって気持ちも多分にある。せっかく羽須美さんルームに来たんだから、空間軸と時間軸の両方で羽須美さんを楽しみたい。


「だめぇ?」


「うっ……!」


 テーブルに体を預けて、下から覗き込むようにおねだり。羽須美さんは上目遣いに弱い説が私の中ではけっこう有力で、今回もうんぬん唸りながら最後には頷いてくれた。やったー。


「うぅ、この展開はシミュレートしてなかった……」


 ぼやきながらクローゼットを開け──お洒落な私服たちがちらっと見えた──、大判のアルバムを引っ張り出してくる羽須美さん。どんな展開ならシミュレートしてたのかちょっと気になったけど、それはまあ置いておいて……うきうきと教科書どもを脇にどけ、テーブルの上を空ける。


「えーでは、はい、こちらになりますぅ……」


 私向きに置いてくれたアルバムをパラパラめくって、羽須美さんが指し示した写真。うすーく、今よりもちょっと硬い気がする笑みを浮かべた、バストアップの小さな一枚。すぐ下に“羽須美 綾”の字。中学三年生の頃の羽須美さん。


「…………」


 化粧の有無もあるんだろう、今よりも幼く見える顔付きに、少し野暮ったくも見える──これはこれでかわゆい──黒い前髪。メガネもフレームの太い黒縁で、なるほど確かに、本人をして“黒髪メガネちゃん”と形容するに相応しい容姿。まあ素材の良さはこの時点からすでに滲み出ておりますけれども。髪は今よりも長そうで、見た感じ後ろで三つ編みになってるのかな?と、そこまで考えて、ぱっと思い浮かぶ光景があった。それは大事な、今ここに居られたかどうかを左右するくらいには、すごく大事な記憶。

 共通点は三つ編みと……思い返してみれば、そう、背丈。顔は見ていないし、声も聞いていない。人違いだろうか。だけど、でも。


「……えと。どう、でしょうか……?」


 なぜかお伺いを立ててくる風な羽須美さん。どうかと言われるとそれはもう今のギャル羽須美さんとのギャップとか赤縁お洒落メガネとのギャップとか大変よろしいかと思うんだけども、それを伝えるよりも先に、どうしても確かめずにはいられなかった。


「羽須美さん、後ろ姿の写真とかある?」


「え?後ろ?えーっと、ちょっと待ってね……確かー……」


 メガネはどうしたんじゃいって文句も言わずに、羽須美さんはページを捲ってくれた。諸々のイベントを撮った写真たち。やがて、パラパラめくられるそれらの中にお目当てのものが。


「これ、社会科見学の時のやつなんだけど」


 そう言って指し示した写真には、どこかの工場を見学している生徒さんたちが収められていて。その一団の左端に、当時から高めだったらしい背丈の、予想通り髪を三つ編みにした羽須美さんがいた。


「あぁ……」


 こうして背中を見れば確信できる。制服の後ろ姿も、それに重なる三つ編みの長さも覚えている通り……というよりも、朧気になり始めていた記憶がこれを見て一気に鮮明になった。


「黒居さん?どうかした?そ、そんなに変だった……?」


「……ううん。めっちゃキュンときた」


「ぇっ!??!??」


 ──高校受験の日。

 私はうっかりと、会場でポーチを落としてしまった。受験票とかも入ってるけっこう大事なやつを。探し回ったけど見つからなくて、あんなに焦ったのは人生で一番ってくらいで。そうだって思って受付窓口に聞きに行って。


 そしたら。


 ちょうど直前に、私のポーチを拾って届けてくれた人がいた。時間的にもギリギリだったのに、わざわざ受付まで持ってきてくれたらしい人が。「ほら、あの子ですよ」って窓口のお姉さんが指した先には、角を曲がっていく三つ編みの女生徒さんしか見えなかったけれど。


 アルバムの中のその人を、指でなぞる。彼女のお陰で私は無事に試験が受けられて、何とか合格して、羽須美さんと出会って、今こんなことになってる。それがなんだかとても凄いことのように思えて、体がむずむずする。

 そのむずむずに突き動かされるように写真越しに三つ編みを梳いてみたら、目の前にいる方の羽須美さんが、混乱しながらくすぐったそうにしていた。

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