第13話 可愛すぎ不可侵条約


「──黒居ってさあ」


「んー?」


 同日、お昼休み。

 斜め向かいの上山さんが、購買で勝ち取ってきたらしい弁当をつまむ合間に声をかけてくる。


「めっちゃ可愛いよね」


 お気付きになられまし──いまガタンッて音したねぇ。


「うおっ羽須美大丈夫?」


「だ、だいじょぶ。ちょっと足ぶつけただけ」


 音の主、私の向かいに座っている羽須美さんは、こう、なんとも一言では言い表せないような顔をしている。例えるなら“彼女が褒められて嬉しいけど自分以外が言い寄ってくるのはヤダ”みたいな、そんな感じの表情を。既製品ではないお弁当を食べる手も止まってしまっていた。

 とはいえ私は可愛いからなぁ。こればっかりはどうしようもない。


「告白とかめっちゃされてんじゃない?」


「じゃない?」


「それがねー……実は一回しかされたことなかったり」


 ちなみに、その一回の人はいま目の前にいるんですけれども。コンビニ菓子パン(今日は厚切りフレンチトースト)を齧りつつ視線をやれば、すこーしだけ頬が赤らんでいた。うーん、0.24告白時くらいかな。羽須美さんも慣れてきたもんだ。


「……黒居さんって、すごくモテそうだけどね」


「ねー」


「自分で同意するんかい」


 だって私もそう思ってるし。黒居 仁香という存在が超絶美少女であるという認識は万人に共通と言っても差し支えないんだけど、ところがどっこい今までそんなにモテてはいなかったんだよねぇ。中学時代、学内美少女コンテスト三年連続1位だったのに。でも卒業まで告白は一度もされなかった。これが私の人生における目下最大の謎だったりする。


「おかーさんいわく、中学のときは“可愛すぎ不可侵条約”が結ばれてたんじゃないかって話だけど」


 学生時代のあきらさんも似たようなものだったわ〜、なんて得意げに言っていた顔が思い出される。母よ、記憶の中ですら娘に惚気けるのはどうかと思います。


「その説は……正直あり得るかも。黒居ってなんか恋愛とかしなさそうっていうか。アピールしてもかわされそうっていうか」


 その不可侵条約をぶっちぎっちゃた人が、いま目の前にいるわけなんですけれども。頬の赤みが少し増しつつ、すすーっと視線を逸らされた。やーい条約違反ー。


「どーだろ。まあ確かに、あんまり想像はしてなかったかも」


 想像はしてなくとも現実にはなり得るわけで、人生なにがきっかけでなにが起こるか分からないものですなぁ。ねぇ目の前の人?


「黒居、自分のことめっちゃ好きだし」


「だし」


「それはそう。私可愛い。今日もハンパない美少女だぜ」


 どや顔チャンスっ。正面から見て100点満点中120億点な角度でキメる。ガタンゴトンって音がした。


「羽須美ほんとに大丈夫?体調悪い?」


「だいじょぶ。ほんと、うん、だいじょぶ。手羽先が思ったより辛くて」


 見た感じは甘辛煮っぽいけどね。本人がそう言うならきっとそうなんだろう。今日も羽須美さんのお弁当は見た目の彩りも良く、栄養バランスも手堅く纏まっていそう。眺めていてふと、前々から聞こう聞こうと思っていたことを思い出した。


「そういや羽須美さんの弁当って自分で作ってるの?」


「うん。って言ってもまだ練習中だけど」


 練習中……?これが?この完成度の代物が……?なぜか苦笑気味だけど、それ我が母の前で言ったら卒倒すると思うよ?我ら黒居家一同、火を扱えばたちまち全てを灰燼に帰すからね?……という一族由来の恨み節は野菜ジュースで飲み込みまして。


「すごいねぇ」


「な。あたしら三人束になっても女子力じゃ勝てなそう」


「そう」


 素直に称賛。上山さんと下谷さんも頷いている。まあ菓子パンと購買弁当とゼリー飲料&固形栄養補助食品じゃあね。全部合わせても女子力5くらいだよ、たぶん。

 対する羽須美さん、料理もできるとはますますもって弱点がない。褒められて嬉し恥ずかしって顔もかわゆい。うむ、褒め殺し系はまだ慣れてない感じかな?褒められるところばっかりな人なのにね。


「ってか話戻っちゃうんだけどさ」


「どうぞ」


 形勢不利と見てか、上山さんはさっくりとお弁当の話を切り上げた。私たちの会話が行ったり来たりするのはわりといつものことなのだがはは。


「黒居って中学どこだったん?この辺じゃないよね?」


「うん、別の県」


「あ、やっぱり県外だったんだ」


 この県が我ら黒居家にとってちょうど良くて、高校も引っ越しに合わせてここを選んだって感じ。学力的にもギリいけそうだったし。入学二ヶ月ですっかり赤点候補生になっちゃったけど。


「そういうお三方は?」


「あたしと下谷は近くの中学から。羽須美も県内だったよね?」


「うん。そんなに遠くもないよ。でも、あーしのいた中学からこっち来てる人はほとんどいないかなぁ」


「みんな県内組だー」


「そしたらあれだ。今度、黒居に近場で遊べるところ教えたげよう」


「よう」


 ありがてぇ……と思ったんだけど、羽須美さんは上山さんの言葉にまたしても複雑ーな表情を浮かべていた。羽須美さんのそういうところ、正直でけっこう好きだ。


「あ、あーしも色々、教えたげるっ」


 ちょっと前のめりになって、焦ったように言うところも。


「みんなありがとねぇ。まー今は梅雨入ったばっかりだし、そのうちにねー」


 具体的にいつ、なんて話は今日はせずに、でも上山さんも下谷さんもたぶん覚えていてくれるんじゃないかなぁって気がした。羽須美さんは間違いなく有言実行するだろう。次のデートはいつになるかなー、なんて。正面の彼女さんのずっと向こう、明るすぎず暗すぎない灰色の空を眺めて、そんなことを考えたりした。

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