第14話 傘二つ


 放課後になっても雨は止まず、私と羽須美さんは少し教室で駄弁ってから、頃合いを見て帰路についた。羽須美さんは「ますます梅雨が好きになったかも」だなんていじらしいことを言っていて、そのおかげか雨脚も弱まり、霧雨に近い静かで細かな雫が、ほとんど音も立てずに傘を叩く。

 並んで二つさせばいつもより少し距離が遠くなっちゃうけど、でも道行く人の数も気持ち少ないような感じがして、これはこれで二人で歩いているって気分。水たまりを避ける為にステップを踏めば、合わせて羽須美さんの体も左右に揺れる。それで時折、傘の露先どうしが当たったりなんかして。都合十五分くらいの同伴は、梅雨入りしても心地良いままだった。


「……そーいえば」


「うん?」


 ふと昼休みのことを思い出して、羽須美さんに聞いてみる。


「羽須美さんって、中学の時はどんな感じだったの?」


「えっ。あー、えー……」


 歯切れの悪い返事に、思わず下から顔を覗き込んでしまったけれど。幸いイヤな顔とかはしておらず、ただこう傘の内側で、少し気恥ずかしそうに視線を泳がせているのが見て取れた。


「気になるなー」


「うっ……」


 これは押しても大丈夫そうだと、ちょっと甘めの声を出してみる。これが私の彼女さんには良く効いたようで、一度くるりと傘を回してから、羽須美さんは観念したように口を開いた。


「あーし、中学生の頃は今とだいぶ違ってたと言うか……」


「……ギャルじゃなかった?」


「うんまあ、そんな感じ」


 ふむ。私の中で密かに浮上していた“羽須美 綾、高校デビュー説”はどうやら正しかったようだ。


「こう、地味でクラスでも目立たないような、典型的な黒髪メガネちゃんだった」


「ほあー」


 外見だけで言えば今の羽須美さんからは想像もつかない。でも折りに触れ感じる真面目さや穏やかさはきっと、その頃からある根っこの気質なんだろうなぁって。たまに出てくる丁寧な“わたし”もそれ由来というか、むしろそっちの方が素?テンパってるときの変な丁寧語も、素とギャルとしてのキャラ付けがごっちゃになっちゃってる感じなのかも。


「その頃は、わりかし真面目な方ではあったと思うんだけど」


「それは今もそうなのではー?」


「ぅ、あ、ありがと…………えーっと……とにかく、でも心の中ではお洒落したりだとか髪染めたりだとか、そういうのに憧れてて。どうにか家族を説得して、その辺が緩めなここに進学したって感じ」


 校則は違反しない程度にだとか、学業成績上位をキープするようにだとか、色々条件は付いたみたいだけど。でもそれを話す羽須美さんの表情に、親御さんを疎むような色は全然浮かんでいなくて。たぶんその諸々の条件、自分で提示したんじゃないかなぁって、なんとなくそんな気がした。


 

 ……いや待たれい。ちょっと待たれい。

 真面目で勉学優秀な理由は分かったとして、運動もできるのはなんなんですかね?失礼ながら、黒髪メガネちゃんってフィジカル強いイメージはあんまりないけども。そこんところはどうなんですかね羽須美さん?


「あー……スタイル良くするために筋トレ始めてみたり、せっかく背高めなんだから姿勢良い方が格好も付くかもって体幹鍛えたり……そういうのしてるうちに、あーしの体結構動けるなって気付いたっていうか」


 美意識の高まりが、勢い余って秘めたる才能をも目覚めさせてしまったらしい。結果として才色兼備で程々に明るく親しみやすい美少女ギャルJKが爆誕してしまったというのだから、きっと親御さんも鼻高々だろう。私ならどや顔で自慢して周るね。

 と勝手に親心を抱いてうんうん頷いていたら、傘の向こうから「あっでもっ」って聞こえてきた。トーンは上がって、でも声量は少し落ちたような、そんな声音。

 

「く、黒居さんのその、猫背で飄々とした雰囲気も……わ、あーしはしゅ、好きだよっ……」


「そう?ありがとー」


 まあ私は可愛いからね。猫背でも様になってしまうのだがはは。ただぐでーっとしてるだけなのに“飄々と”とか言って貰えるなんて、我ながらお得な人生だぜ。


「私も、羽須美さんのすらっとした感じ格好良いと思うよ」


「ありゃ、ありゅ、がとっ、ござぃます……」


「ちょっと噛み癖があるところはかわゆいけどね。あと顔が赤くなりやすいところも」


「ひゅぃ」


「時々謎の鳴き声をあげるのも、愛嬌があって良いと思います」

 

「ふゅぁ」


 お昼休みの教訓を活かして褒めまくってみたら、羽須美さんは恥ずかしがって傘で顔を隠してしまった。


「あーこら、隠すなー」


 絶対赤くなってるであろう様子が見たくて、歩みは止めないまま少し腰を落とす。自分の傘を後ろ手に下げ、羽須美さんの傘の中に下から潜り込むようにしてみれば、そこには思った通り、耳まで赤くした彼女さんの顔が。口元はにやにや目元はふにゃふにゃ、紅潮レベルは0.9告白時にも迫る勢いだ。

 

「黒居さ、あの、流石に恥ずかしいっていうか、その……」


「褒められるに足る人間は、大いに褒められるべきなのです」


 今考えたモットーだけど、まあ毎日自分を褒めちぎってる私が言うんだから間違いないでしょう。


「それは、そうかもだけど……」


 だらしなーい表情のまま眉根を寄せる、なんて器用なことをやってのける羽須美さん。今日も最後まで面白かわいいたっぷりな彼女を堪能できた、そんな帰り道だった。

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