第11話 トークルーム越しの彼女さん
〈そろそろ梅雨入りらしいよ〉
身体測定から何日か。
現在時刻は22時を過ぎたあたり。この一ヶ月あまりのうちに、だいたいこのくらいの時間にLINEでやりとりをするのが私と羽須美さんとのあいだのルーティーンになっていた。
〈みたいだねぇ。登下校が大変になりそう〉
自室のベッドの上でゴロゴロしながらスマホをいじる。トークルームは開いたまま、ぱっと付いた既読の文字を眺めつつ、そういえば羽須美さんと付き合う前はこの時間なにしてたっけ?なんて考えてみたり。
〈確かに。でもあーしは梅雨、わりと好きかも〉
〈ほえー、どんなところが?〉
ほぼほぼ反射で返事をしつつ、“あーし”という単語に目が留まった。羽須美さんは普段、口頭でもその一人称を使う。明確に“た”を抜いて、伸ばし棒を差し込んだような発音。だけどもテンパったときとかには、かなり綺麗な“わたし”になる。べつにどっちがどうとかって話じゃないけど、文面でもわざわざ“あーし”って打ち込んでることも鑑みれば、たぶん意図的にその一人称を使ってるんだと思う。一種のキャラ付けみたいなものだろうか。
〈静かな雨の音とか、明る過ぎない空の色とか?暗過ぎるのも嫌だけど〉
とか思っているうちに、なんか風流な答えが返ってきた。や、別にギャルが風流な返答をするのはおかしいなんて言うつもりはないけれど、でも羽須美さんのそれは、あのライトブラウンの髪色とは別のところに源流があるような気がする。
羽須美さんはなんというか……所作の端々に穏やかさを感じると言うか、同じギャルでも上山さん辺りとは纏ってる雰囲気が違うというか。まあそれを言ったら下谷さんが一番不思議ではあるけど。まあまあとにかく、ただならぬギャルであることは間違いないと思う。
というかそもそもの話。背が高くて姿勢も良くて、健康のために軽く筋トレもしてるとかで体幹もばっちしだし。運動全般そつなくこなせるらしいし。どうも隣の席で見てる感じ、勉強も人並み以上にできるっぽいし。面白いし、可愛いし。うるさすぎず静かすぎず、話していて丁度良い心地良さがあるし。垢抜けていながら根は真面目っぽいし。
総じて羽須美 綾という人物は、実のところかなりハイスペックな超人ギャルなんじゃないかという説が、私の中でまことしやかに囁かれているわけでして。これだけ揃っていて嫌味っぽくならないのもすごい。流石は私の人生で初めて告白してきた人。略して初めての人。
〈黒居さん?〉
〈寝落ちしちゃった?〉
……やべ。考え込んでいるうちに意図せず既読スルーしてしまっていた。とりあえずなにか返さなきゃ。
〈ごめん、噛み締めてた〉
〈?何を?〉
〈羽須美さんを〉
即、既読。
……、
…………、
………………。
返事がない。流石にこのタイミングで寝落ちはないだろうし、なんとなーくまた面白い反応をしてくれているような気がする。顔赤くなってるのかなぁ、流石にこれくらいじゃそこまではならないかなぁ……とか彼女さんの顔を思い浮かべつつ、スマホから下がっているハスミちゃんをぷらぷら揺らして待つ。この子のオレンジ色の触角を明かりに透かして見るのが、けっこう好きだったり……お、返事きた。
〈なにあじでしたか〉
うーむ、これは難しい質問だ。なにせ判断材料がない。羽須美さんってどんな味するんだろうか。指で触れた唇の味はどんなだったか。あの間接キスは私も無意識だったからなぁ。しかし噛み締めてたとか言った手前、それらしく返さねば彼女としての沽券に関わる。えーそうだなー…………たしか、髪の毛の香りは何かほんのり柑橘系だった気がするし、えーっと……
〈……オレンジライム?〉
〈ぬるほど〉
何とかひねり出してみたら、“なるほど”より気持ちねっちょりしてそうな納得が返ってきた。
〈ねるほど?〉
〈のるほど〉
終わってしまった。こうなると“にるほど”を先にお出ししていなかったことが悔やまれる。揺れるハスミちゃんもそうだそうだと目で訴えかけて……やっぱどこに目があるのかよく分かんないな。あ、そうだハスミちゃんといえば。
〈そういえば〉
〈はい〉
〈ハスミちゃん家族に大人気だよ〉
……、
…………、
………………。
敬語になっちゃってる羽須美さん、さらに沈黙。
〈ウミウシの〉
〈そうそう、可愛いってさ〉
〈ちなみに羽須美さんはめっちゃ警戒されてる〉
〈そんな…〉
短く切実な言葉に、滂沱の涙を流す顔のスタンプまで付いてきた。
まあその、我が両親は私をでろんでろんに甘やかしているので、そんな可愛い可愛い一人娘に初の恋人ができたとなればしょうがないんじゃないかなぁと。的なことをつらつら説明してみたら。
〈清いお付き合いをしていると伝えておいてください〉
返ってきた文面はギャルらしからぬ生真面目さで。でも末尾に三つ指突いてお辞儀するウミウシのスタンプなんか付けてくるものだから、やっぱりちょっと面白い。なんでウミウシに指が……?
〈そのスタンプの出処を教えてくれたら考えてあげましょー〉
〈ははー。これはシャチクウミウシっていう──〉
で、ここからは謎のウミウシスタンプの送り合いをして遊んでいた。
こーいうとりとめのない会話を、夜の少しの時間にできる。寝る前のちょっとした楽しみ。なんだかお得感があって良いよね。
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