番外・羽須美 綾の夜


「──えへ……うへへっへ……」


 もう何度目かも分からない変な笑い声が、勝手に口から零れ出る。

 元凶はすぐ目の前の、机の上に置かれた一枚のカード。


「キススタンプカード、かぁ……」


 突飛な名前のそれは、今日のデートで黒居さんから貰ったもの。今日キスできなかった証で、いつかキスできるかもしれないチケット。帰宅して夕飯を食べてからずっと、これを眺めている。


「…………ぅへへ」


 受け取った時には白地に黒い丸枠五つと、押してもらった最初のスタンプだけのシンプルな見た目だったけれど。それじゃちょっと寂しいし、「好きにデコって」とも言われたので、とりあえず右端の方に小さくウミウシを描いてみた。ミゾレウミウシとオトメウミウシ、デフォルメされた二匹が仲良く身を寄せ合っていて、我ながら上手く描けたんじゃないかと思う。それから、スタンプが押された一つ目の丸枠を囲むようにして、ショッピングモールをイメージした建物の絵も入れた。初デートの思い出、ってことで。


 一つ描いては写真に撮って黒居さんに送るなんていう調子乗りムーブをかましてしまったけど、彼女はその度に〈いいじゃん〉〈可愛い〉〈絵うま〉って返事をくれて、お陰様でさっきから口角は上がりっぱなしだ。


「……、うぅ〜……っ!」


 黒居さん。

 いつも眠たげなジト目で、でもいつも眠たいわけではないらしくて、だけどうたた寝するのは好きらしい、そんなクラスメイト。今は、わたしの彼女。告白を受け入れてくれた時には、嬉しいと同時に“頑張って好きになってもらおう”って気持ちにもなったものだけれど。


「こっちがやられてばっかりだなぁ……!」


 毎日毎日、翻弄されている。黒居さんの一挙手一投足に。それによって暴かれていく、自分でも知らなかった自分自身に。

 

 告白した時、彼女はわたしと同じしゅ……“好き”ではないって言っていたけれど、だけど黒居さんは、わたしとのお付き合いを楽しもうとしてくれているように見える。毎日のやり取りも、今日のデートも。このキススタンプカードは、そんな彼女の“期待”の表れ。期待してくれていることそれ自体が、とんでもなく嬉しかった。

 だからいつでも懐に忍ばせて、スタンプもらえるチャンスを逃さないようにしなくちゃ……って考えて、ふと、毎日持ち歩いてたら折れたり破れたりしてしまわないかと心配になった。私にとってはカードそのものも初デートの記念だし、大事にしたい。

 ファイルに入れる?ノートに挟む?何か良い保管法はないかと考えを巡らせて……


「……そうだっ」


 その形、カードという形状に、ピンとくるものがあった。

 すぐさま立ち上がって隣室──弟のこうがいる部屋へ向かう。


「浩?ちょっと良い?」


 ドアをノックして声をかける。少しして、仏頂面の浩が顔をのぞかせた。今年でもう小学六年生で、ちょっとだけ反抗的なお年頃。


「なにねーちゃん。おれ今忙しいんだけど」


「ごめんね、ちょっと頼み事があって」


「なにさ」

 

「浩がやってるカードゲームの、ほらあれ、カードを入れるビニールの袋?みたいなやつ、余ってたりしない?」


「……スリーブのこと?まあ、透明の安いやつならいっぱいあるけど……え、ねーちゃんTCGやんの?」


「や、そういうわけじゃないんだけど。ちょっと入れたいものがあって」


 首を傾げる浩。だけど、普段そういうのに全然興味を示さないわたしが声をかけたからか、少し嬉しそうにも見えた。


「ふーん……まあいいや、サイズは?」


「え?えーっと、名刺サイズ……?」


「名刺とか言われてもおれ分かんねーよ」


 そっか、サイズとかあるんだ。縦横の長さを測ればいいのかな……?


「モノ持ってきてくれたら、合うやつ探すけど」


「そっ、それはだめっ!」


「はぁ?」


 キススタンプカードなんて、恥ずかしくてとても見せられない。というか、わたしと黒居さん以外に見せたくない。二人だけの思い出というか、なんというか……当然、それをそのまま説明するわけにもいかないし……

 怪訝な表情を浮かべる浩に何か言われる前にと、わたしは半ば勢いだけで叫んだ。


「仲の良い、一番仲良しな……と、友達から貰った大事なものなのっ。世界に一つしかなくて、家族でも触らせたくないの……!」


「世界に一枚ぃ?……………………ッッ!!!まさか…………す、ステンレス製カオス・ソ○ジャーとか……!?」


 かお……何?良く分からないけれど、納得してくれそうな気配がしたのでとりあえず頷いておく。


「……えっと、うん、そんな感じっ。だからあんまり、人に見せたくないっていうか……」


「なるほど……確かに、コレクションは自慢するより一人で楽しむ方が良いからな……分かるぜその気持ち……!」


 何やら興奮気味な浩は、ちょっと待ってろと言い残し勢いよく部屋に戻っていって。一分足らずで再びドアが開いて、持っている中で一番厚くて硬くてそれでいて透明度も高い?らしいものを手渡される。


「え、なんか上等なやつだけど、いいの?」


「当ったり前だろっ!大事にしろよ!」


「あ、ありがとう……」


 並々ならぬ圧に気圧されながらお礼を言ってから、わたしは自分の部屋に戻った。

 机の前に座り直し、貰ったスリーブにスタンプカードを入れてみたら、確かにちょっとやそっとじゃ折れたりしなそうで安心感がある。これでいつでも持ち歩けそう。つるりとした表面が、一層カードを綺麗に見せてくれるような…………な、中々良いじゃん……っ


「よーし……」

 

 明日からより一層頑張って、黒居さんにわたしのこと好きになって貰って。それで絶対、キスするんだ。そんな気持ちを込めてカードを机の上に戻す。それから、横に置いてあったスマホを手に取って。


「見ててね…………く、く、クロイちゃん……っ!」


 気怠げに揺れるミゾレウミウシ──クロイちゃん(水色だけど)を指でつつく。

 スタンプカードに、お揃いのストラップ。初めてのデートで二つも貰っちゃったなぁ。


 

 ……あ、あとその、間接キスも。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 はたして羽須美さんは無事、黒居さんとキスできるのか!?(※できます)

 というわけで明日以降はストックが続く限りは毎日1話ずつ更新していきます。もしよろしければブクマ、♡、☆、コメント、レビュー等々何でも頂けたらめちゃんこ嬉しいです。

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