第8話 ギャル令嬢


 ――話は数時間前に遡る。


◇◇◇

 

 4等級に昇格してからしばらくして。


 俺はほとぼりが覚めたのを見計らって冒険者ギルドに足を運んだ。


 せっかく4等級になったんだから、ちょっと報酬の多い依頼を受けたいなぁ。そんなことをぼんやり考えながらクエストボードを眺めていたら、一つの依頼が目に入る。


 ――

 【急募! 護衛任務!】

 依頼人:ミスティライト家の執事長 ハインズ

 依頼内容:お嬢様のボディガード兼話し相手

 期間:依頼受注日より、最低3日間 その後は要相談

 報酬:日当5万ゴルドー

 補足:女性限定

 ――


 護衛任務、か……。責任は増えるけど、報酬は美味しい。薬草採取なら、1日どれだけ頑張っても5000ゴルドーが限界だし。


 ちなみに、4等級から受けられる依頼の種類がめちゃくちゃ増える。なんでも、ここからがやっと一人前の冒険者だと認められるかららしい。アイリスがそう言っていた。


 護衛のような、信用が必要になる依頼は等級に関係なく人柄が優先されたりもするらしい。その辺は前世と同じ感覚なんだな。


 これまでほとんど一人でクエストをこなしていたから、護衛任務を受けるのは少し不安だけど……。ここは勇気を出して受けてみようかな!


 ドキドキしながらその依頼を壁から剥がし、受付へと持っていく。


「……本当にこの依頼でよろしいのですか?」


「……? は、はい」


 いつもの受付のお姉さんにそれを手渡すと、複雑そうな顔で俺に尋ねる。


「本気によろしいのですね?」


 念を押してくるお姉さん。この依頼、なにか問題があるのかな? 見た感じ、普通の護衛依頼にしか見えないけど……。


「……では、こちらにサインをお願いいたします。詳細については資料をお渡ししますので、そちらをご覧ください」


 黙って頷いてクエストを受ける意思を示すと、いつもの営業スマイルに戻るお姉さん。めちゃくちゃ気になるけど、聞ける雰囲気じゃなさそうだ。


「はい、手続きはこれで終了となります。依頼が終わりましたら、こちらの完了証に依頼者様のサインを頂いてください。……それでは、お気をつけて行ってらっしゃいませ」


 彼女はニコニコと笑顔を崩さない。


 気になることだらけだけど、一度受けた依頼を「やっぱりやめます」なんて言えないし……。


 もし依頼者さんが変な人だったらどうしよう。そんな不安を抱えながら、俺はもらった資料に書いてある住所へと向かうのだった。


 ◇◇◇


 街の中心区。


 この区画は貴族の人や大商人といった、いわゆる富裕層の邸宅が建ち並ぶ高級住宅地だ。


 真っ黒のローブを着ているせいか、何度も警備兵に止められつつ、俺は目的地へと辿り着く。


 ……でかい。いや、でかすぎる。


 その屋敷を目にした俺は、その大きさに目眩がした。


 お金持ちの豪邸ばかりが建っているこの区画の中で、その屋敷はさらに異彩を放っていた。他の屋敷が霞むくらい、その屋敷はでかかった。


 もしかして俺は、とんでもない依頼を受けてしまったんじゃないか……?


 早くも帰りたくなっていると、門の前に立つ警備兵さんが俺に気付いて声を掛けてくる。


「何のご用でしょうか」


「……ぁ、ぇと……」


 急に声を掛けられて焦る俺を、品定めするように見つめている警備兵さん。


 俺は懐から、くしゃくしゃになった依頼書を取り出して彼に見せる。


「ご依頼の方だったのですね。こちらへどうぞ」


 彼に案内されながら、その屋敷の門をくぐる。


 門をくぐって、改めてその屋敷の大きさに驚く。門から玄関まで、50メートルくらいはある。


 俺はなるべく周りを見ないようにしながら案内についていく。たまにすれ違う使用人さんたちがすれ違うたびに立ち止まって俺にお辞儀するのだけがチラリと見える。


 ……もしかしてとんでもないところに来てしまったんじゃないか……?


「こちらです。どうぞお入りください」


 一際大きな扉の前で立ち止まる。その扉の横には、重装備に身を包んだ兵士さんが2人控えていた。


 ……すっごく入りたくないけど、ここまで来て今さら帰りますなんて言えるわけがない。


「……はぃ」


 ――俺は消え入りそうな声で返事をして、その部屋へと入るのだった。


 ◇◇◇


 そして現在。


「ワタシはルナ・ミスティライト! あなたが新しいボディガードさん!?」


 その豪華な部屋にいたのは、このミスティライト家のご令嬢、ルナさんだった。


 綺麗にウェーブした金髪に、人形のような顔立ち。人目を引くそのオーラに俺は圧倒される。


「はぃ……」


 ローブを取ってお辞儀をする。


「マジ可愛いんだけどっ! ねぇねぇ、お名前はなんていうの?」


「ぇ、ぇと……。ユーリ、でしゅ……」


「でしゅ、だって! しかも声もめちゃカワイイじゃん! オドオドしてるのもワタシ的にポイント高いよっ!」


 俺の周りをグルグル回りながらテンション高く言うルナさん。頭からつま先まで観察されているっぽいけど、俯いているからよく分からない。


「よ、よろしくお願いします……」


 とりあえずペコリと頭を下げておく。少し圧はあるけど、悪い人じゃなさそうで一安心。


「よろしくねっ! そんなに緊張しないでいーよ! ね、こっちでお菓子食べよー!」


 手を引かれ、お茶とたくさんのお菓子が置かれたテーブルに案内される。


「キレイな髪だねぇ……。どんな風ににお手入れしてるの?」


「……ぇと、普通に水で洗ってます……」


「えっ! そんなのせっかくキレイな髪なのにもったいないよ! ワタシのオススメはねー……」


 彼女が使っている化粧品や美容アイテムの話になって、俺はさらに縮こまる。……やばい、まったく話題についていけない。助けて、アイリス……。


「……でね、今の流行りは――」


 話題はコロコロ変わり続け、いつのまにか今流行りのファッションの話題になっていた。俺は黙って相槌を打ち続ける。


「――ってカンジかなっ! あっ、これから散歩に行くんだけど、ついてきてくれるよね?」


「……はぃ」


 最後には散歩に行く話になっていた。やっと護衛任務っぽいことができそうだ。よし、頑張るぞ!


「それじゃ行くよー! 護衛、よろしくねっ」


 また手を引かれ、屋敷の中を移動する。その間もルナさんは話し続けていたけど、会話のテンポについていけない。


「今日はいつもの服屋さんに行こうかな? そろそろ新作が出るってウワサだし!」


 気付けば邸宅の外だった。俺たちに気付いた警備兵さんが、こちらにお辞儀をしている。


 ルナさんは彼に、笑顔で「お疲れさまっ!」と声を掛ける。みんなに優しい彼女は、この屋敷の皆から愛されているみたいだ。


 ……でもなんで、こんないい人の護衛任務が残っていたんだろう……?


 そんな疑問を抱えながら、俺の初護衛任務は始まるのだった――。

 

 

──

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