第6話 初めてのお茶会
――アーカニア屈指の人気を誇るお菓子屋さん、【シンフォニー・オブ・シュガー】。
その華やかな雰囲気のお店のテラス席に座りながら、俺は激しく後悔していた。
「え、えっと……アタシはアイリスです」
「わ、私はミアです。レネシアさん、よろしくお願いします」
「よ、よろしく……」
……えー、完全に失敗しました。
レネシアさんとお出かけをする約束をして、今日はその日。
ギルドでたまたま出会ったアイリスさんとミアさんも誘ってみたら、ものすごい空気になっちゃいました。
オシャレなお菓子屋さんで、俺たち4人は自己紹介を終えて注文したスイーツを待っている。その間の、なんともいえない気まずい空気。
そりゃそうなるよね! レネシアさんとアイリスたちは初対面だもんね!
レネシアさんの方を見てみると、顔を真っ赤にしてモジモジと下を向いている。たまにこちらをチラチラと見て助けを求めているけど……。
この空気を変えるのは俺には荷が重いです! ごめんなさい、レネシアさん!
でも、このままじゃレネシアさんに悪いし……。よし!
「ぁ、ぁの――」
「お待たせしました〜! ご注文の商品で〜す!」
頑張って話題を切り出そうとしたら、ちょうど店員さんが俺たちの注文したドリンクとスイーツを持ってきてくれる。
「あ、ありがとうございましゅ……」
手際よく配膳してくれる店員さん。お礼を言おうとしたらまた噛んでしまった。
店員さんは俺たちの気まずい空気に気付いているのか、笑顔を絶やさない。
レネシアさんの顔を見て、その正体に気付いたのだろう。少し驚いた顔をしていたけど、レネシアさんに話しかけたりすることはなかった。……プロだな、この店員さん。
店員さんが配膳を終え去っていくと、また沈黙が訪れた。テラス席から街の方を眺めれば、たくさんの人が会話に花を咲かせながら歩いているのが見える。
それに比べ、俺たちの空気といったら……。
「…………あ、あの! お二人はどういった関係で……?」
沈黙に耐えかねたアイリスさんがそう切り出す。
「…………ぇ、ぇえと」
チラリ。レネシアさんが俺にSOSのアイコンタクトを送ってくる。
……よし、任せてください! こう見えて、アイリスとミアとは仲良しなんですよ!
「私たちの、関係、は……」
えーっと、危険人物だと思われてたけど、レッドワイバーンを一緒に倒して、仲良くなって、お互いの弱点を明かして……。
「――な、仲間で、友達……かな」
「ゆ、ユーリ……! あ、ありがとう……。嬉しい……」
レネシアさんが嬉しさのあまり、泣きそうな顔でこっちを見ている。普段クールな顔をしているからギャップがすごい。……正直、めちゃくちゃ魅力的だ。
「……ゴホン」
レネシアさんと見つめ合って2人だけの世界に入っていると、ミアさんが一つ咳払いをする。
その音に俺たちはハッとして顔を逸らす。
「ええと……。アイリスと、ミアも、同じだよ?」
「ほ、ほんと!?」「ユーリさん……!」
2人の方を見ながらそう伝える。ちゃんと気持ちは伝えないと、ね!
チラリ、とレネシアさんの様子を窺う。彼女はモゴモゴと口を動かしてなにか言いたげだ。……なんだろう?
「――わ、私も!」
――ガタッ!
意を決したように立ち上がったレネシアさんに、俺たち3人はビクっとする。
「……私も、ユーリのことはかけがえのない友達であり仲間だと……思ってる……」
レ、レネシアさんっ……! 声は相変わらず小さいけど、その気持ちは俺に痛いほど伝わった。
友達であり仲間……。ずっとひとりぼっちだった俺にとっては、なにより嬉しい言葉だった。
アイリス、ミア、そしてレネシアさん……。彼女たちとの出会いは、俺にとってかけがえのないものだ。冒険者として生きていくだけじゃなく、人と関わっていくことで今までできなかった経験をたくさんしていきたい。
◇◇◇
そのあとは和気藹々……とまではいかなかったけど、しっかり会話ができた。出てきたスイーツは全部美味しかったし、3人もかなり打ち解けた様子だった。
特に、レッドワイバーン討伐について聞くアイリスは、まるで英雄譚を聞く少年のようで可愛かった。ミアは隣でその様子を見ながら優しく微笑んでいて、二人の関係がよく分かってなんだか俺も嬉しかった。
俺のせいで最初はやや不穏な空気にはなってしまったけど、結果オーライ、かな? やっぱりみんなで仲良くするのが一番だし。
さて、スイーツも食べ終わったしそろそろ店を出ないとな。長居するのもお店に悪いし。
「じゃ、じゃあそろそろ……」
会話が落ち着いたところで切り出す。
「だ、だな! ここは私が払っておくよ」
伝票を持ってお会計をしにいくレネシアさん。イケメンすぎる……!
戻ってきたレネシアさんに、みんなでお礼を言って店を出る。……さて、これからどうしようか?
リア充の作法を知らない俺は、こういう時どうするべきなのか分からない。2軒目にいくのか、それとも解散するのか……。誰か教えてください。
「ユ、ユーリ……。このあと少しいいか……?」
どうしたらいいか迷っていると、レネシアさんが今にも消えそうな小さい声で耳打ちをしてきた。吐息が耳に当たり変な声が出そうになる。
「は、はい、大丈夫ですけど……。どうしたんですか……?」
「少し二人きりで……は、話がしたい……」
二人きりで? ……なんの話だろう。
特に断る理由もないし、とりあえず頷いておく。
俺たちは二人と別れて、大通りを歩く。たくさんの露店が立ち並ぶ街は、いつもと変わらない。でも、二人きりで歩いていると、いつもと違うように見えるから不思議だ。
レネシアさんに連れられて、しばらく歩く。お互い無言だけど特に気まずさはない。街ゆく人がたまにレネシアさんに気づいて振り返るけど、彼女は特に気にした様子もなく歩き続ける。
俺はすれ違う人たちにぶつからないように、レネシアさんを追いかける。
……どのくらい歩いただろうか。気付くと街の高台に到着していた。
ここからは、アーカニアの街を一望できる。
こちらの世界にきてから、よくここでぼんやりと街並みを眺めながら黄昏れていたっけ。
そんな思い出の場所で、俺たちは肩を並べながら夕暮れに沈んでいく街を眺める。
「ここは、お気に入りの場所でな……」
ポツリ、とレネシアさんが話し始める。
「騎士として働き始めてから色々な失敗をした。その度にここで一人、街を眺めていたんだ」
「……私も、ここにはよく来ていたから、気持ちは分かります」
「そ、そうか……! ふふっ、なんだか嬉しいな!」
ふにゃり、と笑顔になるレネシアさん。
「そ、それでなんだが……」
一度、言葉を切り続ける。
「わ、私も、呼び捨てにしてくれないか……?」
その口から飛び出したのは、そんな可愛らしいお願い。
――でも、レネシアさんにとって、その言葉はとても勇気のいる言葉のはず。
……俺は彼女の言葉をしっかりと受け止め、笑顔でこう返す。
「――レネシア」
「……っ! あ、ありがとう……! ふふっ、もっと早く、言えばよかったな」
安心したようにこぼすレネシアさんに、手を差し出す。
俺も、自分の気持ちを伝えないと……!
「え、ええと……! わ、私、人見知りで、不器用だけど……! これからも……よ、よろしくお願いしますっ……!」
「こちらこそ。……これからもよろしく、ユーリ」
夕暮れを背に、俺たちは固い握手を交わす。
――地面に伸びた二つの影が一つになる。レネシアさんの暖かい体温を感じながら、お互いの気持ちを確かめ合う。この誰も知り合いのいなかった異世界で、俺はもう一人じゃない――。
◇◇◇
「や、やった……!」
その日の夜。レネシアは自室の布団の中でひとり悶えていた。
「ふふふっ……! 初デートは、どこにしようか……!」
ユーリは知らなかった。
お互いの名前を呼び合ったあと、固い握手を結ぶこと。
それはアーカニア式の大切な
──
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