第5話 初めての共同作業
「「…………」」
無言の時間だけが過ぎていく。かれこれ10分くらいはこうしているだろうか。団長さんはモジモジとこちらの様子を窺うだけで、何も言わない。
この人、もしかして……。
仕事モードの時はビシッと決めているけど、本当は極度の恥ずかしがり屋さんなんじゃないか!?
確証はないけど、俺の直感がそう告げている。
「…………ぇぇと」
ついに無言に耐え切れなくなったのか、団長さんが何かを言おうとする。というか、俺たちまだお互いの名前も知らないんだけど。
「……私は、レネシア……。レネシア・エンバー、フィルだ……」
目を合わさずに自己紹介をする団長さん。なるほど、レネシアさんというのか。ていうか声ちっちゃ! 人のこと言えないけど! でも可愛いな!
……よし。俺もレネシアさんの勇気に応えなくては!
意を決して目深に被ったフードを取る。人前で素顔を晒すのはまだ慣れないけど、さすがに自己紹介をする時くらいは取らないと失礼だよな。
堂々と、レネシアさんが話しやすくなるようにしてあげよう。
「……ユーリ、でしゅ」
終わった。めちゃくちゃ噛んだ上にレネシアさんより小さい声になってしまった……。
「「…………」」
自己紹介は終わったけど……。また無言になってしまった。ここはこっちから切り出した方が良さそうだ。
――そう思って口を開こうとした瞬間だった。
「お話中失礼します! 街にモンスターが近づいてきているとの報告が!」
執務室の扉が開かれ、慌てた様子のクロードさんが俺たちの気まずい無言の時間を終わらせてくれた。
ありがとう! クロードさん!
……じゃなくて! も、モンスター!?
「――数と配置は!」
「西門に、
「――よし、分かった! 私が出る!」
クロードさんの言葉を聞いた瞬間、モジモジとしていた態度がキリッとした力強い表情へと一変。
スッと立ち上がって机に置かれた剣を掴み、上着を羽織って颯爽と部屋から出て行こうとする。
「……ユーリ、悪いが話は後だ。貴女はここで待っていてくれ」
立ち止まり、振り返りながら言うレネシアさん。
「……ぇ?」
「貴女のことは噂で聞いていた。……危険人物かもしれないと思っていたが、勘違いだったようだ」
俺って騎士団長の耳に噂が届くくらい目立っていたのか……。ていうか危険人物だと思われてたの!?
「わ、私も、行きます……!」
――レネシアさんは待つように言ってくれたけど……。この街にはアイリスとミアも住んでいるんだ。危険が迫っているのにじっとしてはいられない。
「……! そうか。協力、感謝する」
「はい……!」
「よし! では行くぞ! クロード、案内してくれ!」
「ハッ!」
レネシアさんがクロードさんに指示を飛ばす。さっきまでのモジモジとした雰囲気が嘘のようだ。
――その凛とした表情を見て、俺の直感は間違っていたのかもしれないと思い直すのだった。
◇◇◇
騎士団の詰め所から出て、俺たちは駆ける。
その間、避難の指示を飛ばしている騎士たちと、その指示に従って避難している街の人たちとすれ違う。
「レ、レネシア団長!?」「良かった、これで安心だ!」「おい、あのエルフも一緒だぞ!」「もしかして、共闘!?」
俺たちに気づいた人たちが口々にそう言う。レネシアさんは街の人たちからの信頼が厚いみたいだ。まぁめちゃくちゃかっこいいもんね。
レネシアさんはとんでもないスピードで走り続けているのにも関わらず、息が上がる様子すらない。俺も魔力を身体に巡らせていたからか、そのスピードになんとかついていくことができた。
クロードさんは途中まで着いてきていたものの、いつのまにかいなくなっていた。
そうして走り続け、俺たちはモンスターが近くまで来ているという西門に到着する。
「私のスピードについてこれるとは……」
レネシアさんが俺の方を向いてポツリと呟く。いや、結構ギリギリでしたよ?
西門にはもうすでに何人もの騎士たちが集まって警戒態勢を敷いていた。緊迫した空気が流れている。まだワイバーンの群れは来ていないみたいだな。
門の前には攻城兵器のようなものまである。これでワイバーンを撃ち落とすのだろうか?
「レネシア団長! 来てくださったのですね!」
「ああ、状況を説明してくれ」
レネシアさんに気付いた騎士がこちらに駆け寄ってくる。かなりの重装備だ。
「ハイ! 城門付近にはバリスタを設置完了とのことです! 特異個体らしきワイバーンは、後数分で到着する予想です!」
「なるほど、報告ご苦労。……私が出る! お前たちは住民の避難を!」
「……ハッ! 団長もお気をつけて!」
的確に指示を出すレネシアさん。その姿はとてもコミュ障には見えない。報告を終えた騎士はガチャンガチャンと音を立てながら、慌ただしく持ち場に戻っていく。
「……す、すまない。……あの、一緒に戦ってくれる……か?」
その騎士がいなくなった途端、レネシアさんはまたモジモジモードになってしまった。こちらをチラチラと見ながらそう言う。
「…………はい。が、がんばります……!」
レネシアさんの期待に応えたい。俺の力がどこまでワイバーンに通用するかは分からないけど、できる限り力になりたい。彼女とは仲良くなれそうだし!
「あ、ありがとう……。では……いこうか」
◇◇◇
西門を出てしばらく待っていると、空に大きな影がいくつか飛んでいるのが見えた。
あれが、ワイバーン……!
まだ距離はあるけど、ここからでもその大きさがはっきりと分かる。異世界のモンスター、やべぇ……!
「……よりによって、レッドワイバーンか……!」
「レ、レッドワイバーン……?」
あの先頭を飛んでいる、一際大きなワイバーンのことだろうか?
「あ、ああ……。たまに生まれる凶暴な個体だ。
俺がポツリとこぼすと、その声にビクッと驚いたあとに、疑問に答えてくれるレネシアさん。……え、火属性に耐性……?
「……あ、あの……」
「わ、私があいつを撃ち落とす……。そのあとは、任せた」
「……え、ちょ……!」
レネシアさんはそう言い残し颯爽と駆けていく。いや俺、
止める間もなく行ってしまったレネシアさんを呆然と見送る。ま、まずい……! 俺たちコミュ障だった! コミュニケーションエラーが発生してますぅ!
「ど、どうしよう……!」
今から追いかけても追いつけなさそうだ。大地を猛スピードで駆けていくレネシアさんの姿はもうほとんど見えない。
「や、やるしかないか……!」
ここにいては俺のファイヤボールも届かない。俺も行かないと……!
レネシアさんを追いかけながら、空を見上げる。レッドワイバーンはゆっくりと羽ばたきながら、どんどんと近づいてきている。
レネシアさんは……いた! あそこか!
彼女はレッドワイバーンのほぼ真下で、攻撃をする準備をしているみたいだ。クラウチングスタートのようなポーズをとっている。
というか、どうやって飛んでるワイバーンを撃ち落とすんだ!? ……ま、まさか!
――そのまさかだった。彼女はその体勢から強く大地を蹴り出し、とんでもない勢いで大空に
……えええええっ!? どんな身体能力だよ!? 軽く50メートルは跳んでるぞ!?
まるで一筋の流星のようにレッドワイバーンに迫っていくレネシアさん。空中で回転しながら剣を構え、その巨体に斬りかかる。
その一閃がレッドワイバーンの片翼を捉える。ここからでは良く見えないけど、どうやら翼を斬り落とすつとりらしい。
「…………ハァッ!」
凛と突き刺さるような掛け声と共に、レッドワイバーンの片翼が斬り飛ばされる。そいつは姿勢を崩し、そのまま地面に向かってグングンと落ちてくる。
……めちゃくちゃつええ! 俺、要らなくない!?
「ユーリ! あとは頼んだッ!」
「は、はいぃ!」
俺は落ちてくるレッドワイバーンの巨体をしっかりと視界に収めながら、魔力を練る。
――ここなら周りに誰もいないし、全力で行ってもよさそうだ!
ありったけの魔力を、これでもかというほどに凝縮する。身体から溢れ出た魔力が、俺の周りに赤いオーラのようなものを作り出していく。
「――『燃え盛れ、炎の球よ!』」
俺は両手を天に掲げ詠唱する。
掲げた手のひらの先から今までにない大きさの火球が現れ、周りの空気がその熱で蒸発していく。
今まで本気でファイアボールを撃ったことはない。少し不安だけど、これが今の俺の全力だ!
「『ファイアボールッ!!』」
その掛け声と共に、直径10メートルはありそうな火球が、落ちてくるレッドワイバーンめがけて飛んでいく。当たってくれよ……!
「グオオオオオオオッッ!!」
狙い澄まされた火球がその巨体を飲み込んでいく。
……火属性に耐性があると聞いていたけど、どうやらちゃんと効いているみたいだ!
そのまま火球が消え去ると、レッドワイバーンもその姿を消していた。
や、やった……のか?
「――受け止めてくれッ! ユーリ!」
安心していたのも束の間、空を舞い上がっていたレネシアさんが叫びながら
え、ええええ!? 受け止める!?
「……は、はいっ!」
や、やるしかないか!
俺は落下地点を予想し、そこに向かって駆ける。魔力を巡らせて、しっかり受け止める準備も欠かさない。
――ガシッ!!
姿勢を整えながら落ちてきたレネシアさんを、なんとか受け止める。ま、間に合ってよかった……!
「あ、ありがとう……。助かったよ」
「……い、いえ……!」
お姫様抱っこのような体勢で、俺たちは見つめ合う。……キレイな銀髪だな。
「キレイ……」
「なッ!?」
……や、やばい! 心の声が口に出てしまった!
「あ、ありがとぅ……」
レネシアさんはその綺麗な顔を真っ赤にしながら顔を逸らす。
「「…………」」
しばらくそのままの体勢で見つめ合う。……ど、どうしたらいいんだ!?
「団長! 大丈夫です……か……?」
俺たちを追いかけてきていたクロードさんが、俺に抱っこされた団長を見て立ち止まる。
…………。
「……だ、大丈夫だ! レッドワイバーンは私達が討ち取った!」
クロードさんの姿を見て、いつもの凛とした表情に戻るレネシアさん。お姫様抱っこは絶賛継続中だから、いまいち締まらない。
「お、お邪魔しましたー……」
「ま。待てッ! お前はなにか勘違いをしているッ!」
そう言い残し立ち去ろうとするクロードさんの背中に向かって、レネシアさんが叫ぶ。
「待てええええええええええッ!」
――俺たち以外誰もいない森の中に、レネシアさんの絶叫が虚しく響き渡る。
俺はそっと、レネシアさんを地面に降ろす。
「……ゴホン。……ユーリ、ありがとう」
気を取り直したレネシアさんがお礼を言ってくれる。クロードさんがいなくなったからだろうか、モジモジとなにか言いたげにしている。
あの戦いを見た後だから、同一人物とは思えないな……。
「私は、その……」
レネシアさんがポツポツと話しはじめる。その表情は、いたって真剣だ。
「人と話すのが、あまり得意ではないんだ。その……なんだか、緊張してしまってな……。仕事中は問題ないんだが……」
「……その気持ち、わかります」
やっぱり俺と同じみたいだ。なのに勇気を振り絞ってくれている。
「だが……ユーリ、君のおかげで街は守られた。お礼を言わせてくれ。――本当に、ありがとう」
そう言って、優しく微笑むレネシアさん。
……俺も勇気を出さないと。
「……い、いえ。――レネシアさん、カッコよかったです」
俺は人と話すのが苦手だ。今までも、そのせいでたくさん苦労してきた。
――だけど。レネシアさんのお陰で、もう少しこの世界で頑張ってみようと思えた。彼女は、自分の弱点を克服しようと頑張っているんだ。
俺も、この世界の住人になれるように。この世界で楽しく生きていくために、勇気を出そう。
「そ、それで……。もし良かったらなんだが、こ、今度、その、お茶でもいかないか?」
「え? ……も、もちろんです!」
「そ、そうか。……やった」
ポツリと呟くレネシアさん。その言葉はいつもより小さく、でも今までのどの言葉より、本心だと思った。
……あれ、なんかレネシアさんの頬、さっきよりも赤いような? ……大丈夫かな?
ーー
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