第4話 銀煌の戦姫
「報告します。例のエルフですが、先日酒場で【猪狩り】のゴンザと揉めた後、何事もなかったかのように食事を続けていた、とのことです。彼女は常に漆黒のローブを着用していて、巷では【漆黒の炎帝】と呼ばれているとか」
――アーカニアの守護を任されている、【黎明の騎士団】本部の団長室にて。
甲冑に身を包んだ赤髪の騎士が、最近この街に現れた要注意人物に関しての報告を行なっていた。
「…………ふむ。報告ありがとう」
その報告を神妙な顔で聞いているのは、この【黎明の騎士団】の団長、レネシア・エンバーフィルだ。
――銀色の長髪に、切れ長の瞳。
身長は175センチほどと、女性にしてはかなり高い。
その引き締まった体を、紺色の騎士服が包んでいる。
彼女は弱冠20歳にして、団長まで上り詰めた稀代の天才である。史上最年少で団長となり、それから1年のあいだで数々の功績を残してきた。
世間を騒がす盗賊団を単騎で壊滅させたり、街を襲うドラゴンを討伐したりと、その功績は数え切れないほどだ。
それらの功績は、当然アーカニアの人々にも知れ渡っている。
人々は畏敬をもって彼女をこう呼ぶ。
――【銀煌の戦姫】、と。
しかし、そんな彼女にも弱点が
一つは、魔力の総量だ。
彼女の魔力量は普通の人よりも少ない。というよりは、ほとんどないと言った方が正しいだろう。
そう、魔法の適性がなかったのだ。
しかし、彼女は諦めなかった。生まれ持った身体能力と少ない魔力を組み合わせることによって、独自の戦闘スタイルを編み出した。
その要となるのは、身体強化魔法――。
文字通り、自身の身体を強化して戦う魔法だ。
少ない魔力で最大の効果を発揮するためにたゆまぬ努力をし続けた結果、彼女は凄まじいまでの戦闘力を手に入れるに至ったのだ。
冒険者として登録はないが、その強さは1等級に匹敵すると噂されている。
まさに、【フィジカルギフテッド】というに相応しい。
「……いかがなさいますか?」
「私が出る。準備をしてくれ」
「ハッ!」
立ち上がり、壁にかけられた華美な上着を羽織りながら言うレネシア。
そして、もう一つの弱点とは――。
◇◇◇
【妖精のとまり木】での騒動から数日後。
あの事件以降、さらに目立ってしまった俺は、また元の生活に戻っていた。
だけど、なんとアイリスとミアとはたまにクエストに行く仲になれたのだ!
一緒に行くのは薬草採取とか、ゴブリンの討伐といった小さいクエストだけど、ソロでやっていた時に比べるとやりがいが違う。
……まぁまだ上手く喋れないから基本的に黙ってるんだけど。女の子二人と楽しくおしゃべりするのは、さすがにハードルが高い。
まず話題に困る。恋バナとか、美味しいスイーツの話とかをできればいいんだけど……。そんなことができるならぼっちになっていない。
しかし、出会った時に話しかけてくれる人ができたというのは大きい。今までは誰からも話しかけられることはなかったからな。これだけでも異世界生活に彩りが出るってものだ。
――よーし、この調子でどんどん友達を増やしていくぞ!
決意を新たに、今日も冒険者ギルドへ向かう。今日も頑張ろう!
◇◇◇
冒険者ギルドに到着すると、その前になにやら人だかりができていた。
……珍しいな。大通りに面しているとはいえ、こんなところに人だかりができるのは。
人だかりは苦手だ。あまり近づきたくはないけど……。クエストを受けないと、そろそろお金が厳しくなってきたしなぁ。行くしかないか。
覚悟を決めて踏み出す。すると、その人だかりのなかの一人が俺に気づいて声を上げる。
「……お、おい! やっときたぞ!」
その声を合図に、他の人たちもこちらに注目する。
……え!? なになに!? もしかしてなんかやっちゃった?
たくさんの視線に晒されたことで不安になりながら、フードを深く被り直す。そのまま立ち去ろうかとも考えたが、余計に目立ちそうだったのでやめた。
とりあえずなんでこんなに注目されているかが知りたい。寝癖は直したし、服も毎日洗濯している。いつもと変わらない格好のはずだ。
そんなことを考えながら立ち尽くしていると、人だかりを割るように一人の女性がこちらに歩み寄ってくる。
「……貴女が最近世間を騒がしているエルフか?」
長い銀髪に切れ長の瞳。
豪華な、しかし機能性も両立されていそうな騎士のような服装。
一言で言うとクール系美人。その後ろには赤髪の青年が控えていた。彼は俺のことを興味深そうに見つめている。
「…………」
……突然のことに黙ってしまう。世間を騒がしているつもりはないですが、もしかしたらそうなのかもしれません。すいません。
「……なんとか言ったらどうだ? 黙っていては分からないだろう」
ひえぇ……! 美人に睨まれるとこんなに怖いのか……!
とりあえず黙っているとヤバそうなのでコクリと頷いておく。私がそのエルフです、ハイ。
「そうか。すまないが、少し同行願えるか?」
「お、おい。同行って……」「なんかやらかしたのか?」「あの【銀煌の戦姫】が直接来るくらいだぞ? なんかやらかしたに決まってる」「でも、普段は大人しいぞ?」
……ザワザワ。周囲が騒がしくなる。
ど、同行……? そんな悪いことはしてないつもりだったけど、知らないうちになにかやらかしたのか……?
前世でよく職務質問をされたトラウマが蘇る。
でも、こうなったら逃げるわけにもいかないよな……。とりあえず大人しく従おう。こんなことになった理由も知りたいし。
「よし。それじゃあ、着いてきてくれ。……くれぐれも、逃げようなどと思うなよ?」
とっくに抵抗する気持ちもなくなっていたので、仕方なく頷く。
――そうして、俺は異世界で初めての
◇◇◇
歩くこと数分。
その女性に連れられて、なにやら大きな建物までやってきた。堅牢な門の前には屈強な警備兵らしき人が大きな槍を構えて立っている。
「ここはアーカニアの警護を任されている【黎明の騎士団】の詰所です。さぁ、中へどうぞ」
俺の後ろを歩いていた赤髪の騎士さんが言う。物腰は柔らかいが、有無を言わせない圧がある。
……この人たち、騎士団だったのか。
余計に不安になってきた。悪い人たちではなさそうだけど、もしかしたらこのまま捕まって牢獄行きになるかもしれない。
そんな心配を抱きつつ、その建物の中に入る。そこではたくさんの騎士たちがせわしなく働いていた。彼らは俺たちに気付くと胸に手を当てながら姿勢を正す。
「お疲れ様です、団長!」
すれ違うみなが前を歩く女性に挨拶をする。この人、団長なんだ……。若いのにすごいな。
そのまま黙ってついていく。しばらく歩いた後、1番奥の部屋の前で団長さんが立ち止まる。
「ここだ、入ってくれ。……あぁ、クロードは外で待っていてくれ。2人で話がしたい」
「……ハッ! 了解であります!」
どうやらこの赤髪の騎士さんはクロードというらしい。彼はビシッと姿勢を正すと、扉の横に移動した。
そのまま部屋の中に通される。
必要最低限のものだけが置かれた簡素な執務室だ。壁には大きな地図がかかっている。この地図を使って作戦会議とかをするんだろうか。
「……適当に掛けてくれ」
言われるがまま、使い込まれた革張りのソファに座る。これから一体どうなるんだ、俺……?
◇◇◇
ユーリが椅子に腰をかけてから数分。
その執務室の中は奇妙な静寂に包まれていた。
机を挟んで無言で向かい合う2人。そこには気まずい空気だけが流れている。
お互い、なぜか顔を伏せ目を合わせないように黙っているのだから当たり前だ。窓の外から聞こえる、訓練中の騎士たちの掛け声だけが虚しく部屋に響く。
この空気を変えようと、お互いの頭の中では会話のシュミレーションが高速で行われていた。
――まず行動を起こしたのはレネシアだった。顔を上げて会話を切り出そうとする。
「「あのっ……!」」
しかし、それとほぼ同時のタイミングでユーリも声を出してしまう。間が悪いことこの上ない。
「「…………どうぞ」」
…………。
さらに会話を譲り合う声までも被ってしまう。そしてまた訪れる沈黙。
お互い、黙って見つめあう姿は、はたからみれば火花がバチバチと散っているように見えるだろう。しかし、実際はどう話しかけていいか分からないだけだ。
「……スゥーッ……フゥ……。ォホン」
レネシアが大きく息を吸い、咳払いをひとつ。
ユーリはいよいよ本題に入るのかと身構える。
「……なたは……から……に?」
「…………??」
しかし、レネシスは小さな声でモゴモゴと何かを言うだけだった。ユーリは全く聞き取ることができず疑問符を頭に浮かべる。
そんなオドオドとした態度のレネシスに、なぜかユーリは親近感を覚えていた。
(…………この人、まさか――)
……一方、部屋の外ではクロードが心配そうな顔でこうこぼす。
「団長、大丈夫かな……? ああ見えて
――レネシアの
それは部下の前だけで堂々とできるタイプの
──
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