第3話 初めての居酒屋
「ここだよ! 私たちの行きつけのお店、【妖精のとまり木】!」
さまざまな人が行き交う夜の雑踏を抜けたどり着いたのは、少し大通りから離れた場所にある活気にあふれたお店だった。
雰囲気で言うと……居酒屋が近いかな? あまり行ったことがないので合ってるか分からないけど。
「いらっしゃい! 空いてる席へどうぞ!」
扉をくぐると、店主であろうオジサマが俺たちに声をかける。スキンヘッドでなかなかの威圧感があるけど、身につけているカワイイ熊さんのエプロンがその威圧感を見事に相殺している。
店内に入ると同時に、何人かがこちらの方を向く。そのほとんどの人たちが驚いたり、なにかを小声でヒソヒソと喋っている。
「……おい、あれって――」「今ウワサの美人エルフだよな?」「顔は初めて見たぜ……」「めちゃくちゃ可愛いな」「連れの二人もレベル高いぞ」
生まれ変わって鋭くなった聴覚が彼らのコソコソ話を拾う。なんかめちゃくちゃ目立ってるっぽい。
そういえばフードを被るのを忘れてた。……まぁいいか。
店内はなかなかの混雑だった。夜の一番ピークの時間だというのもあるだろうけど、このお店自体が人気なんだろうな。
幸運にも満席ではなかった。少し奥の方にある席に俺たちは腰をかける。俺、対面に二人といった形だ。
お、これがメニューか。どれどれ。
……うん、写真がないからまったく分からん!
小さく可愛らしいイラストが描かれてはいるけど!
「ねぇねぇ、ユーリはなにが好物なの? お肉? お魚?」
メニューを眺めながら困っていると、アイリスが興味津々といったようすで質問をしてくれる。前世ではハンバーグが大好きだったけど……。メニューを見た限りでは似たような料理はなかった。
「肉が好き」
「そうなんだ。なんか意外だね~」
「では、これなんてどうでしょう」
そう言ってミアがメニュー表を指し示す。なになに……? 『火山羊のロースト』? うん、火山羊がなにかは分からないけど、美味しそうだ。
「それにする」
「じゃあアタシはサラダを頼もうかな」
「では、わたしは魚料理にしますね。みんなで分け合って食べましょう」
慣れた感じで店員さんに注文をしてくれるミア。料理のシェアなんて、めちゃくちゃリア充っぽいな!
注文してしばらく待っていると料理が運ばれてくる。これが火山羊……! なんかよく分かんないけどめちゃくちゃ美味そう!
俺たちはその色とりどりの料理に舌鼓をうちながら、会話に花を咲かせる。
……といっても俺はほとんど喋っていない。アイリスとミアの会話を聞きながら相槌をうっているだけだ。
俺もいきなり軽快なトークができるなんて思っていない。まずは場の空気を壊さないように話を聞くのが大事だ。前に読んだ本にそんなことが書かれていた記憶がある。
話を聞いていると二人のことがだいたい分かってきた。
二人はこの街の近くの村からやってきた駆け出し冒険者らしい。昔からの知り合いで、いわゆる幼なじみというやつだ。
アイリスは剣士(アタッカー)、そしてミアは僧侶(ヒーラー)とのこと。
この世界の冒険者の等級は、10等級が一番下で、だんだんと上がっていくシステムだ。そして、1等級の上に特級がある。
特級ともなると、この国にも片手で数えるくらいしかいないらしい。才能と努力を兼ね備えた本当の化け物しか到達できない領域。それが特級。
そして、彼女たちはまだ9等級。俺と同じだ。俺は薬草採取しかまだやってないからな。
まぁ等級を上げることにはあまり興味はない。それよりも友達が欲しい。上げて友達が増えるなら本気出すけど。
「――おうおうおう! 食事中失礼するぜェ! ほ〜ん、美味そうなもん食ってるじゃねェかァ! 俺にも分けてくれよォ!」
二人の邪魔をしないように黙々と食事を食べていると、3人組の男たちがこちらにやってきた。
彼らは、酒が注がれたジョッキを片手に話しかけてくる。
「おい、あいつら……」「あーあ、あの嬢ちゃんたちも運がワリィな」「よりにもよって4等級のゴンザかぁ」「おい、声がデケェぞ。聞こえたらどうすんだ」
リーダー格っぽい男の人は、背丈ほどもありそうな大剣を担いでいる。顔にはたくさんの傷跡。ガタイも相当いい。隣の二人は痩せ型と太っちょで対照的だ。
「……え、ええっと……」
アイリスが少し困ったように言う。まぁこの料理はめちゃくちゃ美味しいからなぁ。分けてあげたい気持ちもあるけど、今日は無理かも。
「いいじゃねェかよォ〜。そんなにあるんだから一口くらいくれたってよォ。ほら、あーんしてくれよ、あーん」
……もう結構食べちゃったからほとんど残ってないよ? そんなにお腹が空いてるのかな。
まぁこれだけ屈強な体をしていたら食べ盛りなのだろう。
「……」
ついにアイリスは黙って下を向いてしまった。その肩は小さく震えている。
ミアの方に目を向けると、彼女も目を合わさないように小さく縮こまっていた。
……女の子だし、「いや、この料理は全部私が食べます!」とは言い出しづらいのかもしれない。そのあたりはデリケートな話だし……。
……よし、ここは俺が!
「どうぞ」
幸い、俺は食べるのが遅い。まだ俺の注文した料理は半分くらいは残っている。
残っていた火山羊のローストをフォークに刺し、大男に差し出す。
本当は全部食べたかったけど、もしかしたらこれをきっかけに周りからの見る目も変わるかもしれないしな。
実は優しかった、ってなってみんな話しかけてくれるようになってくれたらいいな。
そんな期待を胸にフォークを大男に向け、その大きな口に向かってロースト肉を入れようとする――。
「――ゴブォッ!!」
……しまった、力加減を間違えた!
俺の差し出したロースト肉が、大男の口の奥に突き刺さる。
「ゴ、ゴフォッ、ゴフッ……!!」
大男は涙目になってめちゃくちゃむせている。その顔は真っ赤になっていた。……ごめんなさい、そんなつもりじゃなかったんです!
「マジかよ」「あのゴンザにまったくビビってねェ」「俺もあーんされてぇなぁ!」「やめとけ、今の見てただろ」
周りの人たちがなにやら騒がしいけど、焦っている俺はそれどころではない。
「ゴンザさん、こいつ生意気ですぜ!」
「やっちまいますか!?」
後ろに控えた二人が勢いよく言う。
……すいません! 本当にそんなつもりじゃなかったんです!
気づけば周りの客たちは黙って俺たちの方を見ている。誰も止めるものはいない。みな我関せずといった風にこちらの様子を伺うだけだ。
「ゴホッ、ゴホッ……! て、テメェ、よくもコケにしてくれたなァ! ちょっと強いからって調子に乗ってんじゃねェぞォ!! ……オラァッ!」
――ブンッ!
大男がとんでもない勢いで怒り出したことに焦った俺は、謝ろうと思って頭を下げる。
「……え?」「ゴンザの攻撃を避けたぞ!?」「めちゃくちゃ速くなかったか!?」「とんでもねぇ身のこなしだ!」
また店内が騒がしくなる。それを無視し、下を向いたまま謝罪の気持ちを伝え続ける。
「……っく、なんだコイツ!?」
……見えないところで一体なにが起こってるんだ?
気になって顔を上げると、そこには困惑した様子のゴンザさんがいた。
……ん?
その顔をよく見ると、口元になにかのソースがべったりとついていた。
「ひ、ひいいいいっ! ゆ、許してくれェッ!」
それが気になってじっと見つめていると、ゴンザさんが急に慌てふためく。
「見ろよ、あのゴンザを眼光だけでやりこめたぞ!」「あの目……只者じゃねぇ!」「俺もあんな目で睨まれてぇなぁ……」「やめとけ。どうなるか分かんねぇぞ」
「「「す、すいませんでしたァ〜〜!!」」」
そう言い残し、店から走り去っていく3人組。……あれ? なにがどうなったんだ?
「ユーリ、ありがとう! めちゃくちゃカッコよかったよ!」
「はい! さすがユーリさんですっ!」
なぜかアイリスとミアがキラキラとした瞳で俺を見つめている。
…………あれ?
──
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