暗闇で見つける光

 パトリッセを病院に運んでから、三日経つ。


 あの日、身寄りの無い彼を放置して良いものかどうか悩み、マルグリットに相談してみた。絶対にものすごく嫌な顔をされるだろうと思ったのだが、意外にも彼女は話を聞くや否や、血相を変えて病院に急いだ。

 いくら彼女がいい人でも少し様子が変だと思ったけれど、そこまで興味を示すのも迷惑だろうから、ラティは自分の喫茶店に戻った。


 だけど、ずっと彼等のことが気になってはいたのだ。


 世界樹に戻る前に、一度様子を見に行きたい。


 ということで、ラティは朝の早い時間にパトリッセを預けた病院にやってきた。

 

 看護士さんにパトリッセの部屋まで案内してもらったものの、ラティは病室のドアに伸ばした手を引っ込める。

 中からマルグリットと、彼女を気遣うような女性の声が聞こえてきたからだ。


「お嬢様、どうか一度屋敷にお帰りくださいませ。旦那様と奥様がどれだけお嬢様を心配していらっしゃるか……」

「そうは言っても、貴女だって、パトリッセ宛のこの不穏な手紙を読んだでしょう? 放っておいたらどうなることか」

「自業自得でございます! その男は違法薬物の売買に手を染めているのです! お嬢様が関わっていい人間ではありません!! むしろ、どなたかの手にかかりその命を––––––」

「やめて! もう貴女はこの病院に来なくていいわ! ここでしていい話題じゃないことくらい理解してちょうだい!」

「……っ。これは奥様に命じられた仕事でして––––––––」


 二人の会話を聞き、ラティは一度部屋から離れる。

 こういう種類の言い争いに巻き込まれても、どちらの側にも立てないし、立ちたいとも思わない。本人達の気が済むまで話し合えばいいと思う。


(マルグリットはあれから一度も家に帰ってないのかぁ。彼女の為に何か飲み物を持って言ってあげよう)


 お湯を調達するために、給湯室へ向かう。

 三日間も病院にいたら、いくら元気なマルグリットといえど、疲れ切っているだろう。実際彼女らしくもなく、使用人らしき人物にヒステリーを起こしていた。


 給湯室に辿り着く。

 病人や看護師が使う場所のようだが、掃除が行き届いているし、樽に入った水も清潔なようだ。

 ラティはその水を一度煮沸して殺菌し、ポットに入れたユグドラシルブレンドの茶葉に注ぐ。いつもながらいい香りが立ち上り、ラティは自分のお茶を入れる腕前に満足する。

 これだったらきっと、お嬢様育ちのマルグリットも喜んでくれるだろう。


 ラティはブレンドティーをカップの中に注ぎ入れ、静かにトレーの上のソーサーに乗せる。

 紅茶を淹れたのは、これだけを楽しんでもらうためではない。

 水車小屋の臼で引いた粉で作ったチョコレートを、マルグリットに食べてもらいたいのだ。


 ラティはパトリッセを病院に運んだ後、三日間かけてチョコレートの試作を繰り返していた。色んな組み合わせを試しているうちに、何が一番良いのかだんだん分からなくなり、結局甘くてコクがあるものと、苦くて香の良いものの二種類を小さな箱に詰めて持ってきてみた。


 様々な人にこの試作品のチョコレートを食べてもらい、どちらが美味しいか決めてもらうつもりだ。


 チョコレートの箱もトレーの上に乗せ、再び病室に戻る。

 運悪くマルグリットの家の使用人が出てくるタイミングと重なり、さらに運が悪いことに、彼女もまたラティの喫茶店によく来るお客さんだったため、「お嬢様を屋敷に帰るよう説得しておくんなまし……」と泣きつかれてしまう。

 おかげで、せっかくいれた紅茶が冷めてしまった……。


 「うんうん」頷くこと数分、ようやく解放され病室に入ることに成功する。


「お邪魔するよー!」

「ラティ! 来てくれたのね!」

「う、うん。どうなったかなーっと思って……。それと、これを君に」


 出窓の近くにいるマルグリットに近づき、窓の淵にトレーを乗せる。

 嬉しそうにしているマルグリットだけれど、よく彼女の顔を見てみると、目の下にくまがついていて、疲れているのが見てとれる。


「わっ、この赤茶色のチョコレート美味しい!」

「黒っぽい方は?」

「そうね、大人の味なのかしら? 私は少し苦手ね。でも、人によっては美味しく感じるかもしれないわ!」

「そっかー」


 ラティとしては、苦い方もそれなりに美味しい気がした。

 これを自分と同じように美味しく感じてくれる人がいたらいいけれど、あまりにも評判が良くないなら、さっき書いた苦いチョコのレシピは捨ててしまおう。


「紅茶も素敵な味ー! ねぇ、これってお店のメニューにはないわよね?」

「うん。今日だけの特別なブレンドティーだよ」

「特別かぁ。なんだか嬉しいわね」


 くすくす笑う彼女に、ラティは気になっていたことを質問する。


「パトリッセはずっと目を覚ましていないのかな?」

「いえ、昨日目を覚ましたわ。だけど……、彼、声が出せなくなっちゃったみたい。外傷は無いから心因的なものかもしれないけれど、この街の医療ではちゃんと調べられないみたい……。どうしよう」

「え……」

「それに、毎日脅迫文や、謝罪を求める手紙も届くし……。目を通しているけれど、だんだん自分のことのように辛くなるわね」

「ねぇ、マルグリット。君ってもしかして彼のことが……。もしかして、パトリッセに惚れ薬を飲まされたんじゃない?」

「私は飲んでいないわ。というか……、パトリッセが変な気を起こさないように奪い取ったのよ」

「ん?」


 彼女は小さなバッグの中から、ハンカチを取り出す。

 畳まれたそれを開くと、中かからハート型の薬が出てきた。

 彼女が何を伝えようとしているのかだんだん分からなくなり、ラティは目をまんまるにして、薬とマルグリットの顔を交互に見る。

 もしかすると、事実はラティの想像を超えるほどにグロテスクなんだろうか?


「パトリッセは、彼の弟にこの惚れ薬を飲ませようと考えてしまったみたい。だけど、最後の最後に良心の呵責かしゃくに耐えられなかった。だから、薬を私に易々と奪われても、ヘラヘラと笑っていたのだわ。ほんっとうに、バカな奴!!」

「ヒ、ヒエェェェェ」


 マルグリットの話を聞いているうちに、胃のあたりが痛んできた。

 この話を自分の口からペリアーノに話すことを想像しただけで、ラティは憂鬱になるのだった。

 


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