ストレートティに大嘘のシュガー

 ラティの喫茶店の常連客マルグリットは、有翼人に襲われたパトリッセをつきっきりで看病していた。ラティがお見舞いに行った時、彼女から色々な話を聞いた。

 どうやらパトリッセはロキとの取引で、密売を請け負った代わりに惚れ薬を得たようだ。


 パトリッセの弟ペリアーノの話では、当初はペリアーノの病気を治すため目的だったはず。だから、余計にパトリッセの選択に違和感を覚えた。

 しかも、手に入れた惚れ薬を本気で弟に飲ませようとしたわけでもなく、ぐだぐだしているうちにマルグリットに薬を奪われたとのこと。ペリアーノは兄のわけのわからない行動の結果、病状が悪化し、死んでしまったんだろう。



 ––––––二日連続病院に来たラティは、正門を出て行く馬車を見送る。

 

 出発前のマルグリットから聞かされたのは、パトリッセを王都の医療機関に連れて行くという、ずいぶん思い切った決断だった。

 彼女にとっては、ペリアーノに負けないくらい、パトリッセも大切な存在だったということなんだろう。


「うーん、パトリッセは惚れ薬を使ってでも、弟に離れていってほしくなかったのかな。人間の感情も色々だなぁ……。でも、これでよかったのかどうかは分からないや」

「––––––良かったと思いますよ」

「ゲェ!?」


 真後ろから無駄な美声が聞こえ、ラティは顔を顰めながら振り返る。

 思った通り、そこに居たのはロキだった。

 

「貴女からはまだ、パトリッセの店の場所を教えてあげたお礼をいただいておりません。チョコレートをもう作ったのでしょう?」

「うわぁ、催促しに来たの……。しょうがないなぁ」


 ラティは背負っていたリュックを、その辺のちょうどいいサイズの石の上におろし、中からビターな方のチョコレートが二つ入った箱を取り出す。

 中腰の状態のまま箱をロキに差し出せば、ニンマリと微笑まれる。


「ありがとうございます」

「箱の中にチョコレートが入っているから、美味しいかどうか教えてー」

「ええ、必ず伝えましょう」


 ロキは日傘のようなものを広げ、さっさと帰ろうとする。

 そんな彼をジトっと眺めながら、ラティは昨日の件についてかまをかけてみる。


「あのさー、パトリッセを有翼人たちに襲わせたのって、君なんじゃないの?」

「……人聞きの悪い。人間一人に長々と関わることはないと言ったでしょう」

「本当かなー? 君が一番怪しいんだけど」

「重罪人の魂には価値があるのです。欲しがっている者は意外と多いですよ」

「それが誰なのか教えてよ」

「お断りします。さて、久しぶりに自国にでも帰るとします。遊びに来るなら歓迎しますよ」

「嫌だよ。私はこれから世界樹に戻って、お客さんの相手をしなきゃならないんだから」

「それは残念。ではまたご縁があればで」


 一陣の風に、ラティは目を瞑る。

 再び目を開けた時にはもう、ロキの姿はどこにもなかった。

 


 ラティはミズガルズの喫茶店の掃除をしてから、世界樹の自分の店に戻って来た。


 店のドアを開けると、スツールに腰掛けた少年の姿をした魂が、こちらを向く。

 ラティが戻ってくるのが遅かったせいか、まなじりが吊り上がっている。


「やっと帰ってきたー! 僕のこと忘れちゃったかと思ったよ」

「忘れたりしないよ。っていうか、この喫茶店は私の店なので、絶対に戻っては来ます」

「そうなんだ? 心配しすぎたな……。で、兄さんはどう言ってた? 僕の病気を治すための薬を貰っていた?」


 ぎくりとする。

 ペリアーノの願いはとてもシンプルで、ただ薬がどんな性質だったのか知りたがっているだけだ。

 だからミズガルムで知った通りのことを、彼に伝えたらいいのだ。

 だが……、


「パトリッセは…………、君の病気を治す効果の薬をお願いしたみたいです。うあぁ……」


 口から出た言葉に、ラティは動揺する。

 世界樹に来るまではどんなことでも話せる気でいたのに、ペリアーノを前にすると、真実を伝えられなくなってしまった。

 だけど訂正する気も起きず、目を泳がせる。


(ぐぐぐ……、これじゃあロキが言っていた通り、単に私が興味本位で兄弟についての事情を聞いただけじゃないか。こんなんじゃ、リスだった時と変わらないじゃん……)


 ペリアーノはラティの葛藤などお構いなしに、食い気味に質問を重ねる。


「えー!? 本当にそうなの? 全然治らなかったのに?」

「あーうん。結局君がいつも飲んでいる薬が一番良く効くらしいですよ。特効薬? みたいなのは、この世にないみたい」

「なるほどね。通りで薬の見た目も味も変化がなかったわけだ」

「そうだろうね……」

「……やっぱ、兄ちゃんが僕を殺すわけなかったか。有難う! お前が聞いて来てくれたおかげで、すごく気分が楽になった」

「うんうんうんうん。それは良かったです」

「でさー、お前、この店を出て行く時に、僕が大事にしているレシピを教えてほしいって言ってなかったっけ? それで考えてたんだけど……、僕って料理作ったことが一度もないんだ。いつも兄頼みでさー」

「……レシピはいいよ。別の目的のついでに君の兄のところに行きましたから」


 最後に嘘をついてしまったから、自分の決め事を守るためにもペリアーノからレシピを聞くわけにはいかない。だけど、そのことすらも言えず、ひたすら目を泳がせ続ける。

 もの凄く気まずい……。

 しかも黄色のリンゴの苗を手に入れられなかったから、灰色の猫との約束も果たせそうにない。


「そっか、助かったー! じゃあさ、僕はこれからどうしたらいい? いまだにここがどこなのかすら分からないんだ」

「君に今からお茶を淹れます。それを飲んだら、一緒に冥府に行きましょう。そこが本来君が行くべき場所でしたから」

「分かった! 色々有難うなー!」


 ペリアーノが元気を取り戻した様子を見るに、世界樹の葉入りの紅茶はいらないような気がする。

 だけど、魂とのお別れの時には必ず飲んでもらうことに決めているから、ラティはしょんぼりしながらお茶の準備をする。


(なんだか悔しいなぁ。チョコレート二種類が結構うまくいったから、それでよしとするかー。はへー……)

 

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