ちょうど良い足場

 市場で二体の有翼人たちに襲われたパトリッセは、彼女達に連れ去られる。

 有翼人一体を片付けたラティは、上空を見上げて焦る。

 あんなところまで飛んでいかれたら、もうどうしようもないのではないだろうか。


 そう思っていると、北の方向から黒っぽい鳥が飛んでくるのが視界に入った。

 その妙に大きなカラスは首の辺りに赤いリボンを巻いていて、ものすごく既視感がある。


「あのカラスって、オーディンのところの……。世界中のいろんなところを飛んで情報収集しているって聞いたことがあるけれど、ここも飛んでいたのかぁ」


 彼の姿を見ているうちに、ラティは良いことを思いついた。

 ワタリガラスの協力があれば、もしかするとパトリッセに追いつけるかもしれない。

 迷っている暇はない。

 ラティは積まれた木樽に飛び乗り、そこから太めの木の枝に移動する。

 近くにちょうどいい感じの屋根に乗った後、そこから助走をつける。

 カラスの背中までは結構な距離があるけれど、恵まれた身体能力でなんとか乗ることに成功した。


「グァァ!! なんなんだよ、お前!?」

「やぁ! ワタリガラス!! ちょうどいい時にちょうどいい場所を飛んでいてくれて助かったよ!」


 カラスとはいえ、オーディンに飼われているだけあって、普通の鳥ではない。

 翼の間に乗っても驚くほど安定している。

 おそらく羽ばたきとは別の力で飛んでいるんだろう。


「その声、リスか? 随分な不快なことしてくれるな。場合によってはオーディン様に言いつけるぞ?」

「そんなこと言わないでよ。私も今大変でワタワタなんだからさー」

「なんだ、そのいっさい情報量のない説明は……」

「早く早く、あの有翼人達を追ってよ」

「有翼人ども? 人間を運んでいるから、良いご馳走を得たものだと思って見送ったが、お前と何か絡みがあるのか」

「そうなんだよ!」

「仕方がない奴だ」


 断られても仕方がないと考えていたけれど、意外にもあっさりと承諾される。

 もしかすると、先月オーディンに”魂の籠”を渡したことで、ワタリガラスの中でのラティの評価が上がったのかもしれない。


 それにしても、彼はカラスのわりに速い速度で飛ぶ。

 下に落下しないようにバランスをとるのが大変だ。


 ワタリガラスが急いでくれたおかげで、あっという間に有翼人達に追いつく。


 有翼人のうち一匹はパトリッセを担ぎながら、ラティに威嚇し、もう一匹はさっきの個体と同じように空気を操り、牽制してくる。

 

(あれ? 風はあのワタリガラスの羽根から繰り出されているわけじゃないのかな?)


 身長の高い男を一人担いで飛ぶのも驚異的なのに、攻撃をしてくるのだ。

 自力以上のなんらかのパワーを、魔具か何かから得ているように思えてならない。

 目につくのは、有翼人の黒い水着の胸の辺りについた緑の宝石のブローチ。

 あれが怪しい気がする。


「ワタリガラス。私、自分の勘を信じてみるよ。もしパトリッセがやばそうなら、彼を救ってあげて」

「何をするつもりだ?」

「まー見てて!」


 ラティは平べったい自分の胸をべシリと叩き、ワタリガラスの背中を蹴って跳躍する。まずはワタリガラスに近い方の有翼人の肩を踏み台にし、後ろ向きに飛ぶ有翼人の胸に飛び込む。


 掴みとるは、彼女の胸に輝く宝石。

 握りしめたとたんに、上昇気流が発生し、翼もないのにラティの体が浮く。

 逆に、ブローチを奪い取った方の有翼人が落下してしまい、パトリッセの体が宙に投げ出された。


「ワタリガラス! 人間の男を頼んだよ!」

「しゃーなしだ」


 ラティはもう彼等の方は見もせず、残った方の一体と相対する。

 背中から抜き放つはレーヴァテイン。

 不本意ながらも持ったままになっていたこれを、今のラティは使いこなせるだろうか?

 彼女はパトリッセという重しを無くしたからなのか、俊敏な動きでラティに突進してきた。

 それを刀身で受け止め、瞬時に発生させた炎で彼女の爪を焼く。

 有翼人はほぼ絶叫と言っていいてような叫び声をあげながら飛び退り、ラティは離れた分の距離を一気に詰める。


「二個目もいただきまーす!」


 剣先で有翼人の水着を焼き切って、横に弾け飛んだブローチを追いかけてキャッチする。

 二個分の風の力を得たラティは突風に包まれた。

 試しに、上下左右斜めに動き回ってみると、ものすごく安定した動きが可能なようだ。


「わーい! いいものゲット出来たー! あ、喜んでばかりもいられない……」


 ワタリガラスとパトリッセはどうなっただろう?

 下降しながら地面の様子を確認する。

 すると、次第に人間とカラスの姿が見えてきた。

 人間の方はよく分からないけれど、ワタリガラスの方はラティが見えたのか、「アホー!」と鳴いて、どこかに飛び去った。


「ワタリガラスメー。パトリッセの安否くらい教えてから、どっかに行けば良かったのに」


 フワリと地面に着地し、パトリッセに駆け寄る。

 彼の横にペタリと座り、無遠慮に胸と口に手を乗せる。

 ちゃんと動きを感じ取れるから、すぐに死ぬことはなさそうだ。

 しかし外傷はなかなか酷い。


 ラティは彼が意識を失っている間に、医者に運んでおくことにした。

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